ミトコンドリア翻訳のダイナミクスを描く-網羅的で高解像度な手法が切り開くエネルギー工場の新知見-(東北大学加齢医学研究所:魏范研 教授)

【概要】
 理化学研究所(理研)開拓研究所岩崎RNAシステム生化学研究室の岩崎信太郎主任研究員、脇川大誠リサーチアソシエイト、水戸麻理テクニカルスタッフⅠ、山城はるな特別研究員(研究当時)、戸室幸太郎大学院生リサーチ・アソシエイト、七野悠一上級研究員(研究当時、現筑波大学医学医療系教授)、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授、伊藤弓弦准教授、安藤佑真大学院生、同大学大学院工学系研究科の鈴木勉教授、長尾翌手可講師、東北大学加齢医学研究所の魏范研教授、谷春菜助教、熊本大学大学院生命科学研究部の富澤一仁教授、中條岳志准教授らの共同研究グループは、ミトコンドリア[1]内で行われるタンパク質合成(翻訳[2])の動態(ダイナミクス)を高精度に観測する新しい手法を開発し、ミトコンドリア翻訳[3]の複雑な動態、疾患での制御不全などを明らかにしました。
 本研究成果は、ヒトのエネルギー代謝を担うミトコンドリアの仕組みの理解や、ミトコンドリア病[4]などミトコンドリア翻訳異常に関わる疾患の理解につながるものと期待されます。
 ヒトの細胞の中には細胞質で起こる翻訳以外にもミトコンドリアの内部で起こる翻訳が存在します。ミトコンドリア内の翻訳を網羅的かつ高解像度に多検体で解析する手法は、望まれつつもこれまで存在しませんでした。
 今回、共同研究グループは、新たに「MitoIP-Thor-Ribo-Seq法[5]」という手法を開発し、ミトコンドリア翻訳速度の計測や、ミトコンドリアtRNA(mt-tRNA)[6]修飾による翻訳の促進効果、ミトコンドリア病患者の細胞での翻訳制御不全といった、複雑な翻訳動態を明らかにしました。
 本研究は、科学雑誌『Molecular Cell』オンライン版(11月12日付:日本時間11月13日)に掲載されました。


MitoIP-Thor-Ribo-Seq法によるミトコンドリア翻訳のダイナミクスと複雑性の解明


図1. Ribo-Seq法とその課題
(A)Ribo-Seq法の概要。RNase処理:mRNAを分解する酵素で処理すること。オープンリーディングフレーム:mRNAの開始コドン(塩基3個の配列)から終止コドンまでの塩基配列。
(B)Ribo-Seq法によって得られるフットプリントの割合。細胞質リボソームフットプリントに比べ、ミトコンドリアリボソームフットプリントは圧倒的に少ない。

【補足説明】
[1] .ミトコンドリア
真核細胞内に存在する小器官で、独自のDNAを持ち、アデノシン三リン酸(ATP)を産生する「エネルギー工場」。
[2] .翻訳
メッセンジャーRNA(mRNA)([7]参照)に記された塩基配列をアミノ酸配列へ変換し、リボソーム([8]参照)でアミノ酸を結合してタンパク質を合成する過程。
[3] .ミトコンドリア翻訳
ミトコンドリアDNAから写しとられたmRNAからタンパク質を合成する過程。ミトコンドリア内で、専用のミトコンドリアリボソームによって行われる。
[4] .ミトコンドリア病
ミトコンドリア機能異常に基づく多臓器疾患の総称。代表的な病例として、脳卒中様エピソード(MELAS)([16]参照)、ミオクローヌスてんかん(MERRF)があり、ミトコンドリア翻訳異常が病因となることが多い。
[5] .MitoIP-Thor-Ribo-Seq法
ミトコンドリア免疫沈降法(MitoIP)とRNA増幅法(Thor([11]参照))を組み合わせることでミトコンドリアリボソームの解析に特化したRibo-Seq法([9]参照)。網羅的かつ高精度にミトコンドリア翻訳を解析できる。
[6] .ミトコンドリアtRNA(mt-tRNA)
ミトコンドリアDNAにコードされる22種類の転移RNA(tRNA)の総称。ミトコンドリアリボソームにmRNA情報に基づいたアミノ酸を供給し、翻訳伸長([14]参照)を支える。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学加齢医学研究所
モドミクス医学分野 教授 魏 范研
          助教 谷 春菜
TEL: 022-717-8562
Email: fanyan.wei.d3*tohoku.ac.jp, akiko.ogawa.e5*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学加齢医学研究所
広報情報室
TEL: 022-717-8443
Email: ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
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生命活動に重要な転写領域のゲノム安定性とがん化抑制の新たな仕組みを発見(東北大学加齢医学研究所:宇井彩子 准教授)

【発表のポイント】
⚫  DNAの遺伝情報をRNAにコピーしてタンパク質を作る上で重要な転写活性化領域(注1)が、DNAの損傷を修復するDNA修復(注2)の特別な機構によって守られているメカニズムを発見しました。
⚫  BETファミリー(注3)のBRD3は、通常は転写活性化領域で転写を活性化し、タンパク質の産生に関与していますが、がん細胞で異常な発現(注4)をしています。
⚫  BRD3はDNA損傷のシグナル(注5)により、クロマチン(注6)の構造変化に関わるクロマチンリモデリング(注7)を制御し、ゲノム(注8)の安定性(ゲノム安定性(注9))を維持してがん化を抑制する可能性を発見しました。

【概要】
 ゲノムを構成するDNAはいつも傷(損傷)を受けますが、その損傷はDNA修復という仕組みによってゲノム安定性を維持することにより、細胞のがん化や老化が抑制されます。このため、これらのメカニズムの解明は大変重要ですが、まだ不明点が多い状況です。
 東北大学加齢医学研究所分子腫瘍学研究分野の銭江浩氏大学院生、菅野新一郎講師、田中耕三教授、安井明学術研究員、宇井彩子准教授らは、東北大学加齢医学研究所腫瘍生物学分野の吉野優樹助教、千葉奈津子教授、国立がん研究センター研究所の渡辺智子研究員、河野隆志分野長との共同研究により、ゲノムのDNA修復機構は一様ではなく、RNAとタンパク質をつくるために重要な転写活性化領域が正確に修復される新たなメカニズムを明らかにしました(図1)。このメカニズムはタンパク質の恒常性を維持し、細胞のがん化を抑制する機構と考えられます。
 本研究成果は、2025年10月22日に科学誌 Cell reportsで発表されました。


図1. 今回発見した新しいメカニズム(Created by BioRender)

【用語説明】
注1. 転写活性化領域:
 細胞の中では、DNAの情報をもとにしてRNAが作られ、その後タンパク質が作られます。この最初のDNAをもとにRNAが作られるステップを転写(てんしゃ)といいます。転写とは、DNAの情報をRNAに書き写すことです。しかしDNAにあるすべての遺伝子がいつでもRNAを作っているわけではなく、必要なときだけスイッチが入る(活性化する)とRNAを作る仕組みがあります。このようにスイッチが入ってRNAを作っている領域を転写活性化領域といいます。
注2. DNA修復:
 DNAについた傷(損傷)を見つけて、正しい配列に修復する仕組みです。DNAの損傷は、紫外線や化学物質、活性酸素や放射線などによって引き起こされます。 
注3. BETファミリー:
 BETファミリーのタンパク質は、転写にスイッチを入れる(活性化する)タンパク質です。このBETファミリーの中ではタンパク質のアミノ酸配列や構造が大変に似ています。ヒストンの修飾の一つであるアセチル化を認識して結合するタンパク質領域(ドメイン)を持ちます。: 
注4. 発現:
 DNA(遺伝子)はタンパク質を作るための設計図ですが、いつもタンパク質が作られているわけではなく、必要な時に作られます。この遺伝子が使われてRNAやたんぱく質が作られることを、発現といいます。
注5. NA損傷のシグナル:
 DNAが損傷を受けるとそれを感知するタンパク質が反応し、シグナルを伝達するタンパク質が動き出し、DNA修復のタンパク質に指令を出します。DNAの修復が完了するとシグナルも止まります。 
注6. クロマチン:
 真核生物の細胞の核内に存在するDNAとヒストンなどのタンパク質からなる構造体で、DNAがヒストンなどに巻き付いて折りたたまれて核内に収納されています。遺伝子の発現を調節するなど、生命の活動に重要な役割を果たしています。 
注7. クロマチンリモデリング:
 DNAはヒストンというタンパク質に巻き付いて細胞の核内にクロマチンとして収納されています。しかし、このままでは転写やDNA修復など、直接DNAに作用する機構においてDNAに直接アクセスするのが難しい状況です。このため、必要な部分だけヒストンを動かしてDNAにアクセスしやすくするのがクロマチンリモデリングです。 
注8. ゲノム:
 DNAはヒストンなどのタンパク質に巻き付いてクロマチンという構造体を作っていますが、ゲノムとは、そのクロマチンが全部集まってできた全設計図を指します。
注9. ゲノム安定性:
 ゲノムが正常に保たれている状態です。反対に、ゲノム不安定性とはDNA(ゲノム)の修復機能に異常が生じ、変異が起こりやすい状態を指し、がんや老化の特徴の一つです。

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【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学加齢医学研究所
准教授 宇井 彩子
TEL: 022-717-8469
Email: ayako.ui.c7*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学加齢医学研究所
広報情報室
TEL: 022-717-8443
Email: ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
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RNA修飾代謝による生体防御機構を解明 -有害な修飾ヌクレオシドから体を守る仕組み- (東北大学加齢医学研究所:魏范研 教授)

【発表のポイント】
⚫ 化学修飾されたRNAが代謝されると修飾ヌクレオシド(注1)が生じますが、その機能や意義については十分に解明されていませんでした。
⚫ 本研究により、修飾ヌクレオシドのうち、毒性をもっているm6A, m6,6A, i6A(注2)の3種が2種類の共通の酵素によってIMP(注3)へ代謝され、無毒化する代謝経路が存在することがわかりました。
⚫ この代謝経路は進化的に保存されており、とくに哺乳動物では糖代謝や脂質代謝と関連する可能性が示されたことで、今後、修飾ヌクレオシドと疾患発症の関連性について、より深い理解が進むことが期待されます。

【概要】
 RNAはさまざまな化学修飾を受け、現在までに約150種類以上が同定されています。これまで、細胞内におけるRNA修飾の役割については研究が進んでいましたが、RNA修飾が代謝された後に生じる修飾ヌクレオシドの機能や意義については十分に解明されていませんでした。
 東北大学 加齢医学研究所の小川 亜希子助教(当時、現所属は薬学研究科准教授)、魏 范研教授、生命科学研究科の田口 友彦教授、医学系研究科の中澤 徹教授らは、九州大学 生体防御医学研究所の渡部 聡准教授、稲葉 謙次教授、農学研究院の有澤 美枝子教授、熊本大学 生命資源研究・支援センターの荒木 喜美教授、生物環境農学国際研究センターのアレン イールン ツァイ助教、澤 進一郎教授らとの共同研究、およびライプツィヒ大学やハーバード大学などとの国際共同研究により、修飾ヌクレオシドのうち、m6A、m6,6A、i6Aが毒性を持ち、酵素ADKとADALによって無毒なIMPへ代謝されるという経路を発見しました。この経路が破綻すると修飾ヌクレオシドやその中間代謝物が蓄積して糖代謝や脂質代謝の異常が生じ、さらにはリソソームなどの細胞小器官(注4)の機能不全が起こることが毒性の原因であることを同定しました。
 本研究によって同定された酵素の一部はすでにヒト疾患が報告されており、今後、修飾ヌクレオシドが病態解明や治療開発に繋がる可能性があります。
 本研究結果は2025年8月20日付で科学誌Cellに掲載されました。


図1. 本研究の概要

【用語説明】
注1.修飾ヌクレオシド:
 ヌクレオシドとは塩基と糖が結合した分子で、RNAの原材料の一つである。修飾ヌクレオシドとは、ヌクレオシドの塩基あるいは糖にメチル化やアセチル化などの修飾が施された分子である。
注2.m6A, m6,6A, i6A:
 アデノシンの構造に特定のメチル基などが付加された修飾ヌクレオシド。詳細な構造は図2を参照。
注3.IMP(inosine monophosphate):
 イノシンモノリン酸の略で、アデノシンが代謝分解されることでできる中間代謝産物。エネルギー代謝にも関与する。
注4.リソソームなどの細胞小器官:
 細胞内で特定の役割を担う構造体。リソソームは老廃物や不要物の分解を担う「細胞の清掃係」として知られる。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学加齢医学研究所
モドミクス医学分野 教授 魏 范研
大学院薬学研究科・薬学部 准教授 小川 亜希子
TEL: 022-717-8562
Email: fanyan.wei.d3*tohoku.ac.jp, akiko.ogawa.e5*tohoku.ac.jp
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(報道に関すること)
東北大学加齢医学研究所
広報情報室
TEL: 022-717-8443
Email: ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
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大事な物質を維持するための“隠れた消費抑制機構”~見かけの安定に潜む代謝産物制御メカニズムの解明~(東北大学加齢医学研究所:樫尾宗志朗 助教)

【発表のポイント】
⚫ 生命維持に不可欠な代謝産物である「S-アデノシルメチオニン(SAM)(注1)」の関連代謝産物のレベルは、飢餓状態でも安定していることを見出しました。
⚫ 細胞質に存在するSAM消費酵素グリシンN-メチルトランスフェラーゼ(Gnmt)(注2)がSAM産生阻害時に、核内のユビキチン・プロテアソームシステム(UPS)(注3)経路で分解されることを発見しました。
⚫ 本研究は、飢餓などの栄養不足に対する新たな介入戦略の足がかりになり得ます。

【概要】
 変化を網羅的に捉えられるようになった近年の生命科学において、大事だからこそ安定的に保たれる、「見かけ上、変化がない因子」は見過ごされることがあります。
 東北大学加齢医学研究所の樫尾宗志朗助教(研究当時:東京大学大学院薬学系研究科 助教)と、基礎生物学研究所の三浦正幸所長(研究当時:東京大学大学院薬学系研究科 教授)の研究グループは、栄養不足や代謝産物の産生阻害といった厳しい環境下でも、生命維持に不可欠な代謝物質「S-アデノシルメチオニン(SAM)」の量を安定的に保つ仕組みを明らかにしました。本研究は、生命を支える代謝の恒常性メカニズムを解明し、そのバランスが崩れる代謝破綻(注4)に対する新たな介入戦略の開発につながる成果です。
 本成果は6月24日、Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)に掲載されました。


図1. 消費酵素Gnmtの減少が核内UPSによって制御される
 通常状態では、Gnmtは主に細胞質に存在し、SAMを消費している。一方、SAMが産生されない状況ではGnmtは減少し、SAMの消費が抑制される。このGnmtの減少は、核内のユビキチン·プロテアソームシステム(UPS)によって制御されており、核内UPSを阻害するとGnmtの減少は抑制され、核内にGnmtが蓄積する。

【用語説明】
注1.SAM:
 Sアデノシルメチオニン。必須アミノ酸であるメチオニンから合成されて、ポリアミンやシステイン、グルタチオンの原料となる。DNAやRNAなどの核酸や脂質、種々のタンパク質のメチル化修飾に必要。
注2.Gnmt:
 グリシンN-メチルトランスフェラーゼ。哺乳類の肝臓や無脊椎動物の脂肪体に豊富に存在する酵素。アミノ酸であるグリシンにメチル基を付与してサルコシンを合成する反応を担う。この過程でSAMを消費するため、余分なSAMを消費してその量を制御する因子として機能する。ショウジョウバエ、マウス、ヒトで進化的に広く保存されて存在するが、線虫には存在しない。
注3.UPS:
 ユビキチン・プロテアソームシステム。細胞内のタンパク質を分解するシステムの1つで、ユビキチンが付与されたタンパク質をプロテアソームが分解する。細胞内のタンパク質恒常性を維持し、細胞の様々な機能を制御するのに不可欠なシステム。様々な疾患や創薬のターゲットとして注目されている。
注4.代謝破綻:
 体内での代謝のバランスが崩れ、本来必要なエネルギーや物質が適切に供給・処理されなくなる状態。飢餓やがん、老化、炎症などに伴って起こり、疲労や病的な体重減少などを引き起こす要因となる。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学加齢医学研究所
助教 樫尾 宗志朗
TEL: 022-717-8568
Email: soshiro.kashio.d6*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学加齢医学研究所
広報情報室
TEL: 022-717-8443
Email: ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

脳の「かたち」は父に似るのか母に似るのか? 親子の脳が類似する性別ごとのパターンを発見 (東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター:瀧 靖之教授)

【発表のポイント】
⚫ ヒトの脳には「父親に似る部分」「母親に似る部分」「両親に似る部分」「父親にも母親にも似ない部分」があることを発見しました。
⚫ 脳のどの部分が父親と母親のどちらに似るかは、性別によって異なります。
⚫ 日本人の父・母・子(親子トリオ)の脳画像解析による世界初の成果です。

【概要】
 親子の顔や性格が「似ている」と気づく瞬間は、誰でも経験することでしょう。しかし、親子が似ているのは日常の中で感じられる特徴ばかりではありません。実は脳の「かたち」も、他人同士の中から親子を識別できるほどによく似ることがわかっています。ただし、これまでの研究では母親と子に焦点が当てられており、父親を含めた検討は十分に行われていませんでした。
 東北大学学際科学フロンティア研究所の松平泉助教、大学院医学系研究科の山口涼大学院生(日本学術振興会特別研究員)、加齢医学研究所の瀧靖之教授の研究グループは、父・母・子からなる「親子トリオ」の脳MRI画像を用いて、子の脳のどの部分が、父親と母親のどちらに似ているのかを詳細に調べました。その結果、子の脳には「父親にのみ似る部分」「母親にのみ似る部分」「両親に似る部分」「どちらにも似ない部分」が存在することを発見しました。さらに、これらの構成には子の性別によって違いがあることが明らかとなりました。
 つまり、親子の脳の類似性は、「父と娘」「母と息子」など、親子の性別の組合せによって異なると言えます。今後は、「なぜ親子で脳が似るのか」「なぜ性別が関与するのか」「脳が似ていることは性格が似ていることとどう関係するか」といった問いに迫ります。本研究を手がかりとして、抑うつなどの心の不調が世代間で伝播する仕組みの理解が進むことも期待されます。
 本研究成果は、2025年6月19日付で科学誌 iScience に掲載されました。


図1.研究成果の概要
『家族の脳科学』では父・母・子からなる「親子トリオ」の脳のMRI画像を収集しています(図の左側)。脳のMRI画像からは、脳回指数、表面積、皮質厚、皮質下体積、といった脳の「かたち」の情報(特徴量)を得られます(図の中央)。本研究ではこれらの特徴量が親子で似ている脳領域を詳細に調べました(図の右側)。その結果、息子と娘のそれぞれにおいて、父親にのみ似る領域(脳の模式図のうち、青色で塗った部分)、母親にのみ似る領域(桃色で塗った部分)、両親に似る領域(紫色で塗った部分)、どちらにも似ない領域(鼠色で塗った部分)、があることが分かりました。この結果は、先行研究の多くが母子のみを対象としてきたのに対し、「親子トリオ」に着眼したことで得られた新しい知見です。なお、実際の分析結果では脳の左半球にも特徴量の親子間の類似性を確認していますが、簡略化のため、図には右半球のみを表示しています。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学 学際科学フロンティア研究所
助教 松平 泉(まつだいら いずみ)
Email: izumi.matsudaira.e4*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学 学際科学フロンティア研究所 企画部
特任准教授 藤原 英明(ふじわら ひであき)
TEL: 022-795-5259
Email: hideaki*fris.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

健康行動を支える脳の仕組みを解明 (東北大学大学院情報科学研究科・加齢医学研究所:細田千尋 准教授)

【発表のポイント】
⚫ 平均21歳の健康な大学生約50名を対象に実施した実験で、食事日記を継続的に記録し、そのフィードバックを得ることで、栄養摂取が改善するだけでなく、ウェルビーイングの向上が確認されました。
⚫ 脳の前頭極(注1)の構造が優れている参加者ほど食事日記を継続する傾向が見られ、前頭極が自発的な健康行動の維持に関与している可能性が示唆されました。
⚫ 生活習慣病予防のための健康支援プログラムや企業のウェルビーイング経営、健康経営への応用にも期待される研究成果です。

【概要】
 生活習慣病(注2)の増加は社会的な課題であり、若い頃からの健康的な生活習慣が重要です。しかし、その効果が見えづらいため、健康的な食習慣を維持することは難しく、多くの人が途中で挫折してしまいます。
 東北大学大学院情報科学研究科・加齢医学研究所細田千尋准教授と花王株式会社の共同研究グループは、将来の健康に向けた良い習慣を継続させる脳の仕組みに注目し、支援する方法を検討しました。これまでの研究により、脳の前頭極という部位が、近い将来に向けた行動の維持(GRIT)に関連することは示唆されていましたが、遠い将来の健康目標に対する行動継続への関与の詳細は不明でした。そこで前頭極の構造と健康行動の持続力との関連を調べるとともに、各個人に合わせた個別化フィードバックによる食習慣改善の後押しが可能かを検証しました。その結果、個別化フィードバックが長期的な健康行動の維持とウェルビーイングの向上に有効であることを実証するとともに、前頭極の脳構造が行動維持能力に関与することを明らかにしました。
 本成果は2025年5月2日付で科学誌Scientific Reportsに掲載されました。


図1. 本研究のイメージ図。

【用語説明】
注1.前頭極(ぜんとうきょく):大脳の前頭前野の最前部(額の裏あたり)に位置する領域で、ヒトでは特に発達しています。意思決定や計画立案、複数の課題の切り替え、将来の見通しを立てるといった高度な認知機能に関与し、目標に向かって行動を持続する働きを持つとされています。
注2.生活習慣病:食事や運動、喫煙など日々の生活習慣が発症リスクに深く関与する疾患の総称。代表的なものに糖尿病、高血圧症、脂質異常症、肥満、心血管疾患などがある。若いうちの不摂生が中高年期の発症につながることから、生活習慣の改善による予防が重要視されている。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合せ先】
(研究に関すること)
東北大学大学院情報科学研究科 准教授 細田 千尋
TEL: 022-795-5813 (研究室直通)
Email: chihiro.hosoda.d8*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院情報科学研究科
広報室
鹿野 絵里
Email: koho_is*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

がん抑制遺伝子 ARID1A のゲノム安定性における新たな機能の発見 (東北大学加齢医学研究所:宇井彩子 准教授)

【発表のポイント】
⚫ がん抑制遺伝子 ARID1A は多種多様ながんで高頻度に変異していますが、その機能のメカニズムはまだ完全に解明されていません。
⚫ ARID1A の新たなタンパク質間相互作用ネットワークを明らかにし、RNA の代謝、転写、DNA 修復(注1)の因子との相互作用を見出しました。またこれらタンパク質に ARID1A との結合に関与する保存されたアミノ酸配列を発見しました。
⚫ さらに ARID1A が、がんの特徴であるゲノムの不安定性(注2)の抑制に関わる DNA 二重鎖切断修復(注3)に寄与する新規のメカニズムを見出しました。

【概要】
 ARID1A は多種多様ながんで高頻度に変異していますが、その機能とがん化抑制機能のメカニズムはまだ完全に解明されていません。
 東北大学加齢医学研究所分子腫瘍学研究分野の 菅野新一郎講師、小林孝安准教授、田中耕三教授、安井明学術研究員、宇井彩子准教授らは、クロマチン(注4)の構造変化を促すクロマチンリモデリング(注5)複合体における ARID1A の新たなタンパク質間相互作用のネットワークを明らかにし、それらのタンパク質の中に ARID1A との結合に関与する保存されたアミノ酸配列を見出しました。これら ARID1A の相互作用因子の中で、DNA 二重鎖切断の修復に関わる因子との相互作用を新たに発見し、その機能的な意義を明らかにしました。DNA 二重鎖切断は致死的な DNA 損傷であり、その修復異常はゲノム不安定性を引き起こし、細胞のがん化に関わると考えられています。
 今回の発見から、ARID1A が有するゲノム安定性(注6)維持機構における新たな機能とそのメカニズムが明らかになりました。
 本研究成果は、2025 年 3 月 13 日に学術誌 Nucleic Acids Research 誌で発表されました。


図1. 本研究のイメージ図。

【用語説明】
注1.DNA 修復とは、細胞が DNA の損傷を修復する仕組みです。DNAの損傷は、紫外線や化学物質、活性酸素や放射線などによって引き起こされます。
注2.ゲノム不安定性とは、DNA(ゲノム)の修復機能に異常が生じ、変異が起こりやすい状態を指し、がんの特徴の一つです。
注3.DNA 二本鎖切断の修復(DNA double strand break; DSB)とは、 DNA 損傷の中でも特に致死的な DNA の二重鎖が切断された損傷を修復する仕組みです。放射線や活性酸素、がん化学療法剤などによって引き起こされるます。この修復が異常になると細胞死や細胞のがん化を引き起こします。
注4.クロマチンとは、真核生物の細胞の核内に存在する DNA とタンパク質からなる構造体で、染色質とも呼ばれています。遺伝子の発現を調節するなど、生命の活動に重要な役割を果たしています。
注5.クロマチンリモデリングとは、クロマチン(真核生物の細胞核内に存在する DNA とタンパク質の複合体)の構造を動的に調節することで、遺伝子発現(転写)や DNA 修復や DNA 複製を制御する仕組みです
注6.ゲノム安定性とは、ゲノムの変異や異常が起きない状態を指します。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合せ先】
<研究に関すること>
東北大学 加齢医学研究所
准教授 宇井彩子
TEL:022-717-8469
Email:ayako.ui.c7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学加齢医学研究所
広報情報室
TEL:022-717-8443
Email:ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

音楽セッションが脳と心の健康に与える効果を検証 〜グループでの楽器演奏活動が健康寿命延伸に寄与の可能性〜(東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター:瀧 靖之教授)

【発表のポイント】
⚫ 健常高齢者を対象に、グループ音楽セッション(楽器バンド演奏)の介入を実施することにより、脳の健康(全般的な認知機能・言語性記憶(注1))と心の健康(気分状態)が改善することを確認しました。
⚫ 楽器未経験の高齢者のグループ音楽セッション参加が認知・心理機能への効果をもたらすことが明らかになりました。健康寿命延伸への寄与の可能性をする成果です。

【概要】
 世界的な高齢化の進行とともに、認知症やメンタルヘルスの問題が社会的課題となっています。認知症を予防する方法の一つとして、音楽活動が挙げられます。今までの研究において楽器演奏が認知・心理機能への効果が明らかになっていましたが、楽器未経験の健常高齢者におけるグループ音楽セッションの効果についてはこれまで十分な研究が行われていませんでした。
 東北大学と株式会社池部楽器店は共同研究を行い、楽器未経験の健常高齢者を 16 週間、グループ音楽セッションに参加するグループと参加しないグループに分けて介入を実施したときの認知・心理機能への影響を調査しました。その結果、全般的な認知機能(MMSE スコア)、言語性記憶(WMS-LMⅡ スコア)、気分状態(POMS2:活気・活力スコア)が介入群において有意に改善しました (p<0.05)。
 本研究結果は、グループ音楽セッションが健常高齢者の脳と心の健康の維持・向上に貢献する可能性を示唆しており、今後の効果的な認知症予防、健康寿命延伸のプログラム開発に期待がもたれます。
 本成果は、2025 年 2 月 10 日に科学雑誌 Frontiers in Aging にオンライン掲載されました。


図 1.
(A)グループ音楽セッション群における MMSE の改善
介入の前後(Pre-Post)において、全般的認知機能の指標である MMSE のスコアが有意に改善した。MMSE のスコアが高いほど認知機能が高いことを示す。
(B)グループ音楽セッション群における WMS-LMⅡ の改善
介入の前後(Pre-Post)において、言語性記憶の指標である WMS-LMⅡ のスコアが有意に改善した。WMS-LMⅡの スコアが高いほど認知機能が高いことを示す。
(C) グループ音楽セッション群における POMS2(活気 – 活力)の改善
介入の前後(Pre-Post)において、気分状態の活気と活力の指標である POMS2 の Vigor-Activity スコアが有意に改善した。活気 – 活力のスコアが高いほど活気・活力の気分状態が良いことを示す。

【用語説明】
注1. 耳で聞いた情報を記憶しておくこと: (言語性記憶)

詳細(プレスリリース本文)

【問い合せ先】
<研究に関すること>
東北大学
スマート・エイジング学際重点研究センター
教授 瀧 靖之
助手 品田 貴光
TEL:022-717-8582
E-mail:nmr_office*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

アバターによる保険相談がコンサルタントの体内に与える影響に関する研究を開始いたしました(東北大学加齢医学研究所:生体情報解析分野:河岡慎平 准教授)

【発表のポイント】
⚫ 株式会社国際電気通信基礎術研究所(以下、「ATR」)、国立大学法人東北大学(以下、「東北大学」)および株式会社アドバンスクリエイト(以下、「アドバンスクリエイト」。東証プライム・福証・札証、証券コード:8798)は、アバターによる保険相談がオペレーター(コンサルタント)の体内に与える影響に関する研究(以下、「本研究」)を開始いたしましたので、お知らせいたします。
⚫ コンサルタントが、オンライン保険相談においてアバターを用いることにより、体内にどのような影響を受けるのかを血液検査を含めて調査いたします。
⚫ 本研究によって、アバターに対するコンサルタントの適性を多角的に明らかにし、その知見をもとに適性に合わせたアバアターや生成 AI を活用する仕組みを提供することを目指します。

【本研究の概要】
 アドバンスクリエイトのコンサルタントの中から、本研究に協力するコンサルタントを募り、実際にお客さまとオンライン保険相談を行っているときのコンサルタントの生体影響を調査いたします(図1)。具体的には、オンライン保険相談対応中の脈拍の計測や、その前後に採血やアンケート等を行い、アバター使用時、アバター不使用時で、どのような変化が見られるかについて多層的な調査を行います。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合わせ先】
<研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所
生体情報解析分野
准教授 河岡 慎平
TEL:022-717-8568
E-mail:shinpei.kawaoka.c1*tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学加齢医学研究所
広報情報室
TEL: 022-717-8443
Email: ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

がん細胞の染色体不安定性の一因を解明 〜がん細胞の動原体では繊維状コロナが減少している〜(東北大学加齢医学研究所:田中 耕三教授)

【発表のポイント】
⚫ 正常な細胞分裂では、染色体上の動原体(注1)と呼ばれる構造が、紡錘体(注2)を形成する微小管(注3)と結合して紡錘体極へと引っ張られます。その際、微小管と結合していない動原体の最外層に線維状コロナ(注4)が形成されます。
⚫ がん細胞では、細胞分裂期に染色体上の動原体の最外層に存在する繊維状コロナが、正常細胞と比較して減少していることがわかりました。
⚫ 繊維状コロナの減少により、がん細胞では動原体での微小管の形成が抑制されており、これが染色体不安定性(細胞分裂の際に染色体の分配異常が増加している状態)の一因となっていると考えられます。
⚫ 染色体不安定性は、がんの悪性化や薬剤耐性の原因であり、本研究成果は、がん細胞における染色体不安定性の発生機構の理解につながります。

【概要】
 多くのがん細胞では、染色体不安定性(細胞分裂の際に染色体の分配異常が増加している状態)が存在しており、がんの悪性化や薬剤耐性の原因になっています。しかし、その原因はよくわかっていません。
 東北大学加齢医学研究所・分子腫瘍学研究分野の家村顕自助教、田中耕三教授らの研究グループは、がん細胞では、細胞が分裂する際に、染色体上の動原体の最外層に形成される繊維状コロナと呼ばれる構造が減少していることを明らかにしました。繊維状コロナの減少により、がん細胞では、正常な染色体分配に寄与する動原体での微小管の形成が抑制されていました。このことは、繊維状コロナの減少が、がん細胞の染色体不安定性の一因である可能性を示唆しています。
 本研究成果は、11月28日に学術誌 Cancer Science 誌で発表されました。


図 がん細胞での繊維状コロナの減少と染色体不安定性
がん細胞では、Bub1 や CENP-E の動原体局在量の低下により、繊維状コロナが減少し、その結果動原体での微小管の形成が抑制されており、これが円滑で正確な染色体分配を妨げることにより、染色体不安定性が引き起こされている可能性がある。

【用語説明】
注 1. 動原体: 染色体上のセントロメア領域に形成される巨大なタンパク質複合体で、細胞分裂の際に微小管が結合する部位となる。
注 2. 紡錘体: 細胞分裂の際に微小管により形成される紡錘型の構造体であり、紡錘体の中央に整列した染色体を微小管によって両極に引っ張って分配するはたらきを持つ。
注 3. 微小管: 細胞骨格の一つで、チューブリンというタンパク質が重合して形成される管状の構造物。伸長と短縮を繰り返すことにより、細胞の運動や染色体分配を司る。
注 4. 線維状コロナ: 細胞が分裂する過程の初期に、紡錘体の微小管と結合していない動原体の最外層に形成されるシート状の構造物で、動原体が微小管と結合すると消失する。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合せ先】
<研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所
分子腫瘍学研究分野 教授 田中 耕三
TEL:022-717-8491
E-mail:kozo.tanaka.d2*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)