がんによって全身に不調が生じるのはなぜか? がんをもつ個体の肝臓の異常に焦点をあてる(生体情報解析分野:河岡准教授)

がんによって全身に不調が生じるのはなぜか?
がんをもつ個体の肝臓の異常に焦点をあてる

【発表のポイント】
⚫ がんをもつマウス個体とがんをもたない個体の肝臓における遺伝子の発現量や代謝物の量を比較することで、がんによって生じる肝臓の異常の全体像を捉えました
⚫ 肝臓の代謝異常の一部において宿主のニコチンアミドメチル基転移酵素 (NNMT) (注1) が重要な役割を果たしていることを明らかにしました
⚫ がんによって全身に不調が生じるのはなぜなのかという問題に関する理解が深まり、不調を抑えこむ方法論の開発へとつながることが期待されます

【概要】
がんは身体にさまざまな異常 (体重減少や代謝異常など) をひきおこします。その根幹は、がんが離れた位置にある宿主臓器や細胞に作用できる、ということにあります。この作用は極めて複雑で、その実態やメカニズムに関する私たちの理解は限定的です。東北大学 加齢医学研究所 生体情報解析分野 河岡慎平准教授 (京都大学 医生物学研究所 臓器連関研究チーム 特定准教授を兼務) の研究グループは、東京大学、九州大学、京都大学の研究チームとの共同研究により、がんが、離れた位置にある肝臓でニコチンアミドメチル基転移酵素 (NNMT) の発現量を増加させ、このことによって多様な代謝異常をひきおこしていることを見出しました。NNMTを欠失させたマウスではがんによる肝臓の異常の一部が緩和され、全身性の不調も部分的に抑制されていました。本研究により、がんが身体に不調をもたらすしくみの一端が明らかとなりました。本成果ががんに起因する不調の全体像を理解する一助となり、また、不調を強力に抑えこむ方法論の開発につながることが期待されます。

本研究成果は2022年6月15日に英国の学術誌であるNature Communicationsに掲載されます。

図2 がん→NNMT→ウレア回路の抑制というしくみの発見

詳細(プレスリリース本文)

【問い合わせ先】
東北大学加齢医学研究所 生体情報解析分野
担当:河岡 慎平
電話番号:022-717-8568
E-mail:shinpei.kawaoka.c1*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

染色体不安定性はがんの増殖を促進する 「異数性パラドックス」を解き明かす(分子腫瘍学研究分野:田中教授)

染色体不安定性はがんの増殖を促進する
「異数性パラドックス」を解き明かす

【発表のポイント】
⚫染色体不安定性(細胞分裂の際に染色体分配異常が高頻度で起こる状態)は、通常の培養条件では細胞増殖に不利にはたらくが、腫瘍形成には有利にはたらくことがわかりました。
⚫ がんの増殖において、染色体不安定性は細胞ごとのゲノム構造の違いを生み出し、増殖に有利な細胞が選択される素地となっているのではないかと考えられます。

【概要】
多くのがん細胞で認められる染色体の数や構造の異常(異数性)の背景には、染色体不安定性(細胞分裂の際に染色体分配異常が高頻度で起こる状態)が存在していると考えられています。東北大学加齢医学研究所・分子腫瘍学研究分野の家村顕自助教、田中耕三教授らの研究グループは、東北大学大学院医学系研究科の中山啓子教授、東北大学大学院情報科学研究科の木下賢吾教授のグループとの共同研究により、染色体不安定性の存在は、通常の培養条件では細胞増殖に不利にはたらくにもかかわらず、腫瘍形成には有利にはたらくことを明らかにしました。 異数性細胞は増殖速度の低下を示すにもかかわらず、多くのがんは異数性を示すという事実は「異数性パラドックス」 として知られています。本研究結果が、これまで謎とされてきたこのパラドックスを説明する端緒ではないかと考えられます。

本研究成果は、6月5日に学術誌 Cancer Science 誌で発表されました。

図2 染色体不安定性とがん細胞の増殖のモデル
細胞が増殖する過程で、染色体分配異常によってゲノム構造の異なる細胞集団が生じる様子を模式的に示す。染色体不安定性により生じる異数性細胞は、多くの場合生存に不利であり、そのため通常の条件においては、染色体不安定性のレベルが高いと増殖が抑制される(左)。しかし高いレベルの染色体不安定性は、より多様なゲノム構造の違いを生み出し、生体内でがんとして増殖するのに適した細胞が生じるのを促進する(右)。

【用語説明】
注 異数性パラドックス:染色体数の異常によって細胞の生存に必要な遺伝子が失われたり、遺伝子発現のバランスが崩れたりすることにより、細胞の増殖が抑制される。さらにp53などの遺伝子が、異数性細胞が増殖するのを防いでいる。にもかかわらず、90%以上の固形がんが異数性を示す。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合わせ先】
<研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所
分子腫瘍学研究分野 教授 田中 耕三
電話 022-717-8491
E-mail kozo.tanaka.d2*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

DNA2本鎖切断の修復にはたらく新たな分子を発見
知的障害原因遺伝子CHAMP1が抗がん剤耐性の克服に関係する可能性

DNA2本鎖切断の修復にはたらく新たな分子を発見
知的障害原因遺伝子CHAMP1が抗がん剤耐性の克服に関係する可能性

【発表のポイント】
⚫知的障害の原因遺伝子の1つであるCHAMP1が、DNA2本鎖切断の相同組換えによる修復にはたらくことを明らかにしました。
⚫CHAMP1の発現の抑制が、抗がん剤の一種であるPARP阻害剤に対する耐性の克服につながる可能性が示されました。

【概要】
DNA2本鎖切断は最も重大なDNA損傷であり、これを修復する機構の異常は、がん化と関連すると共に、抗がん剤治療の標的にもなっています。東北大学加齢医学研究所・分子腫瘍学研究分野の田中耕三教授らの研究グループは、知的障害の原因遺伝子の1つであるCHAMP1が、DNA2本鎖切断の相同組換えによる修復にはたらくことを明らかにしました。相同組換え修復に異常があるがんに対して有効なPARP阻害剤注1に耐性を示す細胞で、CHAMP1の発現を抑制するとPARP阻害剤の効果が回復することが判明し、薬剤耐性の克服につながる可能性が示されました。

本研究成果は、4月7日に学術誌Oncogene誌に発表されました。

図  DNA2本鎖切断の2つの修復経路
DNA2本鎖切断は、非相同末端結合 (NHEJ) 注2・相同組換え (HR) 注3によって修復される。53BP1が非相同末端結合を促進するのに対して、CHAMP1はPOGZと共に、DNA end resection注4にはたらくことによって相同組換えを促進する。

【用語説明】
注1 PARP阻害剤: タンパク質にPoly(ADP-ribose)を重合させる活性を持ち、DNA1本鎖切断の修復などにはたらくPARPの阻害剤。

注2 非相同末端結合 (Non-homologous end-joining; NHEJ): DNA2本鎖切断部位の末端同士が結合することによる修復機構。DNA断端において、塩基の欠失や挿入などの変異が生じやすい。

注3 相同組換え (Homologous recombination: HR): DNA2本鎖切断による損傷部位を、相同な配列(DNA複製によって生じた姉妹染色分体など)を鋳型として正確に修復する機構。

注4 DNA end resection: DNA2本鎖切断部位の5’末端のDNAを分解して3’末端の1本鎖DNAを露出させるはたらき。これがきっかけとなって相同組換え修復が進行する。

詳細(プレスリリース本文)

【問い合わせ先】
<研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 
分子腫瘍学研究分野 教授 田中 耕三
電話 022-717-8491
E-mail kozo.tanaka.d2*tohoku.ac.jp
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クラウドファンディング「膵がんを代表とする難治がんに対する治療法の開発を進めるために」を開始しました

クラウドファンディング「膵がんを代表とする難治がんに対する治療法の開発を進めるために」を開始しました

東北大学第9弾となるクラウドファンディングを開始しました。東北大学未来科学技術共同研究センター 佐藤研究室、東北大学加齢医学研究所(兼務)代表:佐藤靖史教授は、がんの発育・転移のメカニズムを研究し、その成果をもとにオリジナルな治療法を開発することをテーマとしています。このクラウドファンディングでは、臨床導入に近い治療法の開発を早期に推進するための研究体制を維持することを目指します。膵がんを筆頭とした難治がんの患者さんに希望を届けるために、皆様からのご支援をお待ちしております。

詳細URL:https://readyfor.jp/projects/tohoku-VASH

募集概要

【問い合わせ先】
(クラウドファンディング事業に関すること)
東北大学基金・校友事業室
電話番号: 022-217-5058
E-mail:kikin*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

脳活動が高い状態でのニューロフィードバック脳トレが 認知機能向上に効果的! 脳活動をリアルタイムでモニタリングできる ニューロフィードバック脳トレの開発(認知健康科学研究分野:野内准教授)

脳活動が高い状態でのニューロフィードバック脳トレが 認知機能向上に効果的!
脳活動をリアルタイムでモニタリングできる ニューロフィードバック脳トレの開発

【発表のポイント】
⚫ 脳活動をリアルタイムでフィードバックするニューロフィードバック脳トレの効果を
無作為比較試験を用いて検証した。
⚫ ニューロフィードバック脳トレは、ニューロフィードバックのない通常脳トレよりも
認知機能を向上させる効果があることを明らかにした。

【概要】
 年齢に関わらず、認知機能を維持・向上させるトレーニングの開発に多くの関心が
寄せられています。
東北大学加齢医学研究所の野内類准教授と川島隆太教授を中心とする研究グループは、脳活動をリアルタイムでフィードバックしながら脳トレを行うことができるニューロフィードバック脳トレ(NF 脳トレ)を開発し、若年者を対象に無作為比較対照試験を用いて効果検証を行いました。その結果、1 日 20 分間の NF 脳トレを 4 週間実施した群は、通常の脳トレを実施した群やパズルゲームを実施した群よりも、認知機能(注意、作業記憶、エピソード記憶)が向上することが明らかになりました。
本研究の成果は、2021 年 12 月 21 日にオンライン雑誌の Brain Sciences 誌
(Impact Factor = 3.394)に掲載されました。

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図 1 本研究で用いた脳トレゲーム介入システム
脳計測を行う NIRS 装置(NeU 社製:HOT-1000)とゲームを実施するタブレット PC(Huawai 社製:

詳細(プレスリリース本文)

(野内類准教授・川島隆太教授)

【問い合わせ先】
<研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所
担当:野内類 (のうちるい)
電話番号:022-717-8952
E-mail:rui*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

歯科金属アレルギーにおけるアレルギー抗原の発現機構を解明(生体防御学分野:小笠原教授)

歯科金属アレルギーにおけるアレルギー抗原の発現機構を解明

【発表のポイント】
● 培養細胞に金属アレルギーの原因金属の一つであるパラジウムの溶液を加えると、免疫反応に重要な MHC 注1クラス I が一過性に細胞内に取り込まれ、その後細胞表面へ再出現することが判明しました。
● MHC クラス I の一過性の細胞内在化に伴い、MHC クラス I 上に提示される抗原ペプチドが置き換わることが明らかになりました。

● パラジウムによる抗原ペプチド置換によりアレルギー抗原が発現し、アレルギー性 T細胞が活性化されることが明らかになりました。
● パラジウムによる MHC クラス I の内在化を抑制することが歯科金属アレルギーの予防・治療法の開発につながるものと期待されます。

【概要】
金銀パラジウム合金は保険診療での歯科金属材料とし、歯科治療で広く用いられています。銀歯の治療は、患者の QOL の向上に大きく貢献している一方で、歯科金属アレルギーの増加が問題でした。歯科金属アレルギー、パラジウムが一因であるとされてきましたが、パラジウムは材料学的に安定な貴金属で、なぜ病気の原因となるのか不明でした。

東北大学加齢医学研究所 生体防御学分野 伊藤甲雄助教らは、札幌医科大学大学院医学研究科 病理学講座、東北大学大学院薬学研究科 生活習慣病治療薬学分野と共同で、パラジウムによる MHC の一過性の細胞内在化を発見し、それに伴う抗原ペプチドの置換により、アレルギー抗原が発現して病原性 T 細胞の活性化がおこり、金属アレルギーが発症することを明らかにしました。これまで金属アレルギーの治療は、その原因が不明だったため、原因金属の置換や抗炎症薬投与などの対症療法にとどまっています。本研究成果をもとに、金属アレルギーの新しい治療法の開発が期待されます。本研究は 2021 年 12 月 23 日に Frontier in Immunology に掲載されました。

ogasawara図. パラジウムによる金属アレルギー誘導機構



詳細(プレスリリース本文)
【問い合わせ先】
東北大学加齢医学研究所 生体防御学分野
担当 教授 小笠原康悦
電話022-717-8579
E-mail: immunobiology*tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)

コロナに揺るがされた価値観 パンデミックは「自分」や「世界」の見方を変えた(スマート・エイジング学際重点研究センター 瀧靖之教授)

コロナに揺るがされた価値観
パンデミックは「自分」や「世界」の見方を変えた

【発表のポイント】
● 自分の価値や世界の公平性について一人一人が持っている根本的な価値観を
「中核的信念」といいます
● 新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本人の中核的信念が揺るがされて
いたこと、その揺らぎが抑うつや不安の強さと関連していたことが分かりました
● 感染拡大を食い止めるための対策を講じる中で、人の心理に生じる変化を置き
去りにしないことが、感染症との戦いにおいて重要であると示唆されます
【概要】
COVID-19の感染拡大は、私たちの日常を一変させました。パンデミックが始まった頃の世界は、いつになれば「普通」の生活に戻れるのか分からず、先行きを予測することも、環境をコントロールすることも難しい状況であったと言えます。
予測や制御の困難な状況では、自分への自信や他者への信頼についての根本的な考え方を意味する「中核的信念」の再構築が必要になると言われています。東北大学加齢医学研究所スマート・エイジング学際重点研究センターの松平泉助教、瀧靖之教授らの研究グループは、2020年7月に1,196名の日本人を対象としたWeb調査を行い、COVID-19の感染拡大が人々の中核的信念の揺らぎを引き起こしたこと、揺らぎが大きいほど抑うつや不安感も大きいことを明らかにしました。また、中核的信念の揺らぎの大きさを、1度目の緊急事態宣言発令中に感染対策に協力できていたと思う程度、感染対策への協力を負担に感じていた程度、感染拡大そのものに感じたストレス、感染拡大に伴う収入の減少で説明できることも明らかとなりました。この結果は、感染症との戦いにおいて、人の心理に生じる変化を考慮することの重要性を示唆していると考えられます。本研究成果は11月23日にHumanities & Social Science Communications誌に掲載されました。

taki

詳細(プレスリリース本文)
【問い合わせ先】
東北大学加齢医学研究所 スマート・エイジング学際重点研究センター
助教 松平 泉(まつだいら いずみ)
電話:022-717-8824
E-mail:izumi.matsudaira.e4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
教授 瀧 靖之(たき やすゆき)
電話:022-717-8559
E-mail: yasuyuki.taki.c7*tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)

BRCA1 が関与する PARP 阻害薬の新たな耐性機序を発見  ATF1の発現量が効果予測のバイオマーカーになる可能性(腫瘍生物学分野 千葉教授)

BRCA1 が関与するPARP 阻害薬の新たな耐性機序を発見
ATF1 の発現量が効果予測のバイオマーカーになる可能性

【発表のポイント】
● 遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の原因遺伝子 BRCA1 が、転写因子 ATF1 の
転写活性化能を促進し、細胞生存能を上昇させることを明らかにしました。
● 機能的な BRCA1 を保持するがん細胞では、相同組み換え修復能が異常でも
ATF1 の高発現が PARP 阻害薬やプラチナ系抗がん薬への耐性を引き起こすこ
とを明らかにしました。
● がん組織での ATF1 の発現量がこれらの薬剤の有効性を予測する新たなバイオ
マーカーになる可能性が示唆されました。

【概要】
PARP阻害薬は、近年、乳がんや卵巣がんなどの治療に用いられる分子標的治療薬で、プラチナ系抗がん薬は、以前より多くの種類のがんの治療に用いられてきた抗がん薬です。今回、東北大学加齢医学研究所 腫瘍生物学分野の千葉奈津子(ちば なつこ)教授、吉野優樹(よしの ゆうき)助教、遠藤栞乃(えんどう しの)大学院生らの研究グループは、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の原因遺伝子であるBRCA1が転写因子ATF1の標的遺伝子の転写活性化能を促進することで、相同組み換え修復能が異常でも、PARP阻害薬やプラチナ系抗がん薬への耐性化を引き起こすことを明らかにしました。機能的なBRCA1を保持するがんでは、 ATF1の発現量がPARP阻害薬やプラチナ系抗がん薬の有効性を予測する新たなバイオマーカーになる可能性が示唆されました。

本研究成果は2021年11月12日Cancer Research Communications誌に掲載されました。

本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金、公益信託 弘美医学研究助成基金、公益財団法人 黒住医学研究振興財団、公益財団法人 中冨健康科学振興財団の支援を受けて行われました。

chiba

詳細(プレスリリース本文)
【問い合わせ先】
東北大学加齢医学研究所
教授 千葉 奈津子 (ちば なつこ)
電話 022-717-8477
E-mail: natsuko.chiba.c7*tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)