瀧 靖之
Yasuyuki TAKI
 

人生の晩年の芸術作品


 


人は人生の終焉が近づいてくると、私達では到達しえない何か深い感情や思いを持つようになるのだろうか。孔子は論語にて、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず、とあるように、やはり何かを達観するのだろうか。また、高齢期になると高まる意識の一つとして、老年的超越と呼ばれるものがある。これは、自身は過去から未来につながる大きな流れの一部で、最終的には宇宙の中の一部に過ぎない、という意識が強くなること、等と記されている。一体これらはどのような感覚だろうか。芸術の世界を紐解くと何かみえるのだろうか。

マーラーの交響曲第9番は、マーラー最晩年の作品の一つであり、特に第一楽章は捉えどころのない不思議な深い旋律が重なっている。ブルックナーの交響曲第9番も最晩年の作品で、やはり第一楽章は美しくも憂いを湛えた旋律で、非常に奥深い。絵画に目を向けると、東山魁夷は晩年、水墨画にも通ずる幽玄な世界を描き、絶筆である「夕星」は幻想的な夢の世界を描いたと言われている。葛飾北斎は最晩年になると「弘法大師修法図」など非常に力強い作品も見られるが、絶筆の「富士越龍図」はトーンが抑えられて白黒の世界の中、龍に自らをなぞらえて昇天していく様が描かれている。このような幽玄な、奥深い作風に変化することは晩年だけに起きるのだろうか。ショパンは39歳で亡くなったが、その少し前に作曲した作品である「バルカローレ(舟歌)」は、複雑に入り組んだ旋律が美しくも切ない、非常に奥深い曲調を作り出している。

やはり、人は自らの寿命の限界に気づき始めると、何か達観するのか。それとも、悲しみとも苦しみとも、怒りとも違う、何か新たな複雑で奥深い感情が生まれ、それが晩年の芸術家の作風を変えていくのか。スマート・エイジングの研究をしている私としては、大変興味深いテーマである。

次回は、分子腫瘍学の田中先生です。

名 前:瀧 靖之(たき やすゆき)

出身地:北海道
趣 味:人生どこに住むのが幸せかを聞いて回る事、その他沢山
分野名:機能画像医学研究分野