荒井 啓行
Hiroyuki ARAI
 

研究のセンスはないと自覚した瞬間

抽出した酵素を煮てしまった私
 


米国に留学が決まった当時、研究指導を頂いていた先生から、「抗体を得るにしても、蛋白質を扱う基本的な手技は身に付けておいた方がよいだろう」と言われ、ミクロソーム電子伝達系を構成するチトクロ―ムP450還元酵素をウサギの肝臓から抽出・精製することになった。細胞分画法から始まり、次第に比活性が上がり、飴色の酵素が見えてくる。ある日、それを透析チューブに入れて透析をすることとなった。テニスの練習を予定していた日曜日の朝、透析液の交換にコールドルームに出向き、スターラ―バ―を回転させるスイッチを入れたつもりが、誤ってヒ―タ―のスイッチを入れてしまったのである。

翌日、透析チューブの中身は熱変性して白く濁り、透析液も蒸発してほとんどなくなっていた。2カ月以上かけて積み上げてきた成果が「パ―になってしまった」瞬間であった。友人とテニスの練習などを予定した自分が愚かであった。自分は医学研究には向いていないと深く・深く反省をしながら、再び一からやり直した。今度は最後まで進みその成果は1988年のBBRCに掲載となった(右の写真)が、苦い・苦い思い出となった。

次回は臨床腫瘍学の石岡先生です。

名 前:荒井 啓行 (あらい ひろゆき)

出身地:群馬県
趣 味:旧所・史跡を廻りこの国の原風景を探ること
分野名:老年医学分野