山家 智之
Tomoyuki YAMBE
 

麻雀放浪記

学生時代は先輩から「大学生になったんだから、酒もタバコも麻雀も覚えろ!」と、無茶を言われましたが、タバコも麻雀も、もう十年以上、触ってないなあ~

 


今の学生さんたちは、あまりお酒も呑まず、麻雀などもしないようですが、僕らの学生時代には、昭和舎のような医学部の寮や、医学部水泳部の部室には雀卓や碁盤がそろい、通過儀礼で「大学生たるもの麻雀くらいできないと・・・」と先輩から言い伝えられておりました。その頃、「麻雀の神様」と、言われていた阿佐田哲也氏は、その後、なんと宮城県の県立病院で「心臓破裂」で亡くなりました(wiki)。

そこは、昔、私が勤めていた県立病院で、私の後、赴任した同級生が担当しており、「あの麻雀の神様がAMIで入院してきた!」と、噂になっていました。

が、心筋梗塞の発症一週間は、再開通させていても油断がなりません。

ある朝、心臓も落ち着いてきた段階で、看護師さんが清拭で、上体を起こして身体を拭いてあげていたところ、「あ!」と、叫んで、パッタリ倒れ、
スタットコールで、医師も看護師も集合して蘇生を始めるも、心臓マッサージをしても全く反応もなく、脈も全く触れません。

「これは!」と、気がついた同級生が心エコーを当てると、「やはり!」

心破裂で、大量に貯留した心嚢液の海の中に、浮いている心臓が見えていた。との経過で、当時の医療技術では、ここが、救命の限界だったと思います。あの「国立循環器病センター」の病院でも、発足当時の成績では、心筋梗塞のブローアウトラプチャーの急性期手術は、長期生存が0でした。

大ブレークした「麻雀放浪記」で、麻雀小説というピカレスクの新分野を切り開き、本人も「雀鬼」「雀聖」と、称えられた「超」の付く有名人の訃報ですから、そりゃあもう病院始まって以来の大騒ぎ。大マスコミさんたちが大集合し、何の因果か当時の部長が、この経過を記者会見で説明することになりました。「生まれて初めて記者会見なんてしちゃったよ~~」と、いう経緯で公表されたので、この経過は、週刊誌のバックナンバーで読めます。

そして、大事なことは
今は、救命できるかもしれない!と、いうことなのです。

加齢研で長年、実験を重ねてきたモノピボットベアリングポンプは、現在、MERA製品として製造され、PCPSシステムとして販売されているので、「心破裂」を発見したら、とりあえず、一番太い穿刺針で、心嚢穿刺(大量に溜まっていればブラインドでいけます)。

同時に、もう一人の循環器医師が、大腿動静脈に廻って動静脈確保、心嚢液を抜きながら心マッサージを開始しつつ、PCPSシステムに確保できれば、完全心停止の状態でも一応循環が維持できます。

その県立病院でも、その後、心破裂にPCPSで手術まで持ち込めた患者さんもいたようでした。

さて、
なんと、今「麻雀放浪記2020」という映画が上映されています。

東北大学加齢医学研究所で研究されていた技術が、あの主人公の命を、助けられるようになったのです。

東北大学医学部寄宿舎昭和舎で、麻雀卓を囲んで。水泳部だった呼吸器外科の岡田教授が麻雀に来たときの写真もありました。

よく遊び、よく学び、よく本を読み、楽しい寮生活でしたが、昭和舎は火事で燃え落ちてしまいました。火事の時は、広間で麻雀をしていた学生が、外が明るいので、火事に気がつき、全寮制をたたき起こして避難させたので、怪我人もなく済んだ。と、実習で来た昭和舎の後輩から聞いています。

名 前:山家 智之(やんべ ともゆき)

出身地:仙台で、父の友人の産婦人科医院で産まれたと聞いています
趣 味:日本は、世界で一番大きな「人工臓器学会」を持っており、世界で一番、人工臓器研究者の多い国家である。と、評されます。
結局、日本人は、人工臓器の研究が好きなんですね。
僕も、要するに結局、人工臓器研究が好きである。と、気がついてしまいました。
分野名:心臓病電子医学分野