免疫細胞の炎症制御「硫黄代謝」がカギ 〜マクロファージの硫黄代謝を標的とした創薬にむけて〜(遺伝子発現制御分野:本橋教授)

免疫細胞の炎症制御「硫黄代謝」がカギ 〜マクロファージの硫黄代謝を標的とした創薬にむけて〜(遺伝子発現制御分野:本橋教授)

【発表のポイント】
⚫ 炎症を制御する細胞であるマクロファージにおいて、炎症の終結に必要な代謝パスウェイ(注1)を同定しました。
⚫ 炎症刺激により活性化したマクロファージは、含硫アミノ酸であるシスチンを細胞外から取り込み、超硫黄分子(注2)を産生することで、炎症反応を終結させることを明らかにしました。

【概要】
マクロファージは免疫細胞の一種であり、病原体の感染や周りの細胞の損傷等により活性化し、病原体の排除や組織の修復を行います。しかし、過剰に活性化すると新型コロナ感染症で見られるような重症肺炎などの原因となる他、炎症が長引くと慢性閉塞性肺疾患などの慢性炎症性疾患、関節リウマチなどの自己免疫疾患ほか、さまざまな病気を引き起こします。
私たちが持っている細胞は本来、炎症反応を収束させ、過剰な炎症反応が起こることを防ぐメカニズムを兼ね備えていますが、マクロファージにおいて、その制御に関わる因子の全貌は明らかにされていませんでした。
東北大学大学院医学系研究科の武田遥奈大学院生、加齢医学研究所環境ストレス老化研究センターの村上昌平助教、加齢医学研究所遺伝子発現制御分野の関根弘樹講師、本橋ほづみ教授らの研究グループは、マクロファージによる炎症反応の収束には「硫黄代謝」の活性化が鍵となることを明らかにしました。本研究では、マクロファージが取り込んだシスチンとその還元型であるシステインを基質として超硫黄分子が合成され、過剰な炎症応答を収束させるネガティブフィードバック機構が形成されることを明らかにしました。本研究成果は、マクロファージが本来持っている超硫黄分子による炎症抑制機構を強化することが、重症感染症や慢性炎症、自己免疫疾患などの創薬標的となる可能性を示唆しています。
本成果は、8月1日に欧州の学術誌 Redox Biolog 誌に掲載されました。
なお、本成果は熊本大学大学院生命科学研究部微生物学講座・澤智裕教授、九州大学生体防御医学研究所附属高深度オミクスサイエンスセンター・馬場健史教授、新潟大学医学部保健学科・佐藤英世教授、東北大学大学院医学系研究科環境医学分野・赤池孝章教授との共同研究により得られたものです。

【用語説明】
注1. 代謝パスウェイ:
代謝物が複数のタンパク質の働きによって変化していく一連の経路。
注2. 超硫黄分子:
硫黄原子が直列に連結した構造(硫黄カテネーション)を有する分子の総称。システインパースルフィドやグルタチオンパースルフィドなどがある。

詳細(プレスリリース本文)

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 遺伝子発現制御分野 教授 本橋 ほづみ
E-mail:hozumi.motohashi.a7*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

細胞分裂を制御する酵素 Aurora A が遺伝性乳がん関連分子を制御する新機構を発見 ーAurora A がユビキチン化能を持ち、中心体の成熟を促進ー(腫瘍生物学分野:千葉教授)

細胞分裂を制御する酵素 Aurora A が遺伝性乳がん関連分子を制御する新機構を発見 ーAurora A がユビキチン化能を持ち、中心体の成熟を促進ー(腫瘍生物学分野:千葉教授)

【発表のポイント】
⚫ がんで高発現などの異常が見られる分裂期キナーゼ(注1)Aurora A(注2)が、遺伝性乳がんの原因遺伝子 BRCA1(注3)の結合分子 OLA1 をユビキチン化(注4)して、中心体(注5)局在を減少させることを明らかにしました。
⚫ Aurora A による OLA1 のユビキチン化が、G2 期の中心体の成熟を促進し、その異常が中心体数の増加を起こすことで、発がんや悪性化の原因になると考えられます。
⚫ Aurora A の異常による新たな発がんの仕組みを明らかにしたことで、遺伝性乳がんを含めた、多くのがんの研究に貢献すると期待されます。

【概要】
細胞分裂時の染色体分配に重要な働きをする中心体の異常は、発がん過程やがんの悪性化を促進します。東北大学加齢医学研究所 腫瘍生物学分野 千葉 奈津子教授らは、変異によって遺伝性乳がん・卵巣がん症候群を引き起こす遺伝子 BRCA1 が、OLA1 と結合して中心体の複製を制御し、その機能破綻が発がんに関与することを明らかにしてきました。
今回、東北大学 加齢医学研究所 腫瘍生物学分野 方 震宙助手、同大学院生命科学研究科大学院生の 李 星明氏、加齢医学研究所 腫瘍生物学分野 吉野 優樹助教、同大学大学院医学系研究科 森 隆弘教授(現所属:沖縄県立中部病院 腫瘍内科)らとの研究グループで、分裂期キナーゼ Aurora A が、OLA1 をユビキチン化して、細胞周期の G2 期の中心体局在を減少させることを明らかにしました。またこのユビキチン化が、分裂期キナーゼ NEK2 による OLA1 のリン酸化によって促進されること、さらに G2 期以降の中心体成熟を促進することを明らかにしました。Aurora A の異常は多くのがんで見られ、これまでキナーゼ活性が注目されていましたが、新たにユビキチン化能も重要であることを明らかになり、Aurora A の異常による新たな発がん機構が明らかになりました。

本研究成果は2023年7月21日、Cell Reports誌に掲載されました。

図 中心体成熟のモデル

【用語説明】
注1. 分裂期キナーゼ:
細胞分裂期に働く、タンパク質をリン酸化する酵素。
注2. Aurora A:
分裂期キナーゼの1つで、中心体、紡錘体極に局在し、細胞分裂に進行に重要な役割を果たす。PLK1 をリン酸化して活性化する。
注3. BRCA1:
BRCA2 とともに、遺伝子変異により遺伝性乳がん・卵巣がん症候群をひきおこすがん抑制遺伝子。
注4. ユビキチン化:
タンパク質の修飾機構の1つで、ユビキチンリガーゼにより、ユビキチンタンパク質が標的タンパク質に付加される。タンパク質分解、DNA 修復などのシグナルになる。
注5. 中心体:
核の近くの細胞質に存在する細胞内小器官であり、中心小体と、その周囲の中心小体周辺物質(pericentriolar material; PCM)からなる。中心小体は母中心小体と、その側壁に結合する娘中心小体からなり、L 字型の構造をとる。中心小体周辺物質には γ-tubulin 環が存在し、細胞骨格の一つである微小管の形成起点として働く。細胞分裂期には、中心体から微小管が伸長し、紡錘体極として紡錘体を形成し、染色体の均等な分配に機能する。

詳細(プレスリリース本文)

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 腫瘍生物学分野 教授 千葉 奈津子
E-mail:natsuko.chiba.c7*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

全国8地域からなる大規模認知症コホート研究で社会的孤立と脳萎縮および白質病変との関連を報告 (臨床加齢医学研究分野:瀧教授)

全国8地域からなる大規模認知症コホート研究で社会的孤立と脳萎縮および白質病変との関連を報告 (臨床加齢医学研究分野:瀧教授)

【ポイント】
① 社会的孤立が脳萎縮等の脳の構造に及ぼす影響について、十分に解明されていなかった。
② 大規模認知症コホート研究:JPSC-AD研究に参加した65歳以上の認知症を有しない約9,000名の脳MRI検査や健診データを用いて、交流頻度と脳容積との関連を解析。
③ 脳萎縮や認知症発症を予防する上で、他者との交流頻度を増やし、社会的孤立を防ぐことが重要であることが示唆される。

【研究の概要】
社会的孤立による健康への影響が問題視されています。これまでに疫学調査において、社会的孤立により認知症の発症リスクが上昇することが報告されていますが、社会的孤立が脳萎縮等の脳の構造に及ぼす影響については十分に解明されていませんでした。
九州大学大学院医学研究院 衛生・公衆衛生学分野の二宮利治教授、同大学 心身医学の平林直樹講師らおよび弘前大学、岩手医科大学、金沢大学、慶應義塾大学、松江医療センター、愛媛大学、熊本大学、東北大学の共同研究グループは、健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究:JPSC-AD研究(※1)に参加した65歳以上の認知症を有しない8,896名の脳MRI検査や健診データを用いて、交流頻度と脳容積との関連を解析しました。交流頻度は、「同居していない親族や友人などとどの程度交流 (行き来や電話など)がありますか?」という質問によって毎日、週数回、月数回、ほとんどなしに分類しました。その結果、交流頻度の低下に伴い脳全体の容積や認知機能に関連する脳容積(側頭葉、後頭葉、帯状回、海馬、扁桃体)が有意に低下し、白質病変容積が有意に上昇しました(図)。さらに、それらの関連に抑うつ症状が15~29%関与しました。
本研究は横断研究であるため、因果関係を論じることには限界がありますが、脳萎縮や認知症発症を予防する上で、他者との交流頻度を増やし、社会的孤立を防ぐことが重要であることが示唆されます。今後は、前向き追跡調査の成績を用いて、社会的孤立と脳の構造変化及び認知症発症との関連を詳細に検討する予定です。

本研究成果は、2023年7月12日に国際学術誌Neurologyオンライン版に掲載され、米国神経学会からプレスリリースされました。

【用語説明】
※1 健康⻑寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究:Japan Prospective Studies Collaboration for Aging and Dementia(JPSC-AD)
我が国の 8 地域(⻘森県弘前市、岩手県矢巾町、石川県七尾市中島町、東京都荒川区、島根県海士町、愛媛県伊予市中山町、福岡県久山町、熊本県荒尾市)における地域高齢住⺠約1万人を対象とした大規模認知症コホート研究である。ベースライン調査は 2016 年−2018 年に実施され、予め 8 地域で標準化された研究計画に基づいて、詳細な臨床情報(認知機能を含む)、頭部 MRI 画像データ、遺伝子情報を収集している。さらに、認知症や心血管病の発症や死亡に関する追跡調査を継続している。
なお、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)認知症研究開発事業の研究助成金を受けている。また、サントリーホールディングス株式会社との共同研究も実施している。

詳細(プレスリリース本文)

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 臨床加齢医学研究分野 教授 瀧 靖之
E-mail:yasuyuki.taki.c7*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

加齢に伴う酸化ストレスが染色体不安定性をひき起こす ー 老化すると遺伝情報が安定に保たれなくなる一因を解明 ー(分子腫瘍学研究分野:田中教授)

加齢に伴う酸化ストレスが染色体不安定性をひき起こす ー 老化すると遺伝情報が安定に保たれなくなる一因を解明 ー(分子腫瘍学研究分野:田中教授)

【発表のポイント】
⚫ 年をとったマウスの細胞では、染色体不安定性(細胞が分裂する時に染色体が均等に分配されない状態が存在する結果、染色体の数や構造の異常が増加しており、)これにはミトコンドリアの機能低下に起因する酸化ストレスが関係していることがわかりました。
⚫ 遺伝情報が安定に保たれないことは老化の特徴の一つとされており、本研究で見られた染色体不安定性は、その一因として老化に伴うがんなどの病態の発生に関係していることが考えられます。

【概要】
遺伝情報が安定に保たれなくなることは、老化の特徴の一つとされています。その一方で、遺伝子の集合体である染色体の数や構造に異常が起こることと老化との関係についてはよくわかっていません。
東北大学加齢医学研究所・分子腫瘍学研究分野の陳冠大学院生(研究当時)、田中耕三教授らの研究グループは、年をとったマウスの細胞では、染色体の数や構造の異常が高頻度で発生する状態である染色体不安定性が見られることを示しました。
この染色体不安定性の発生には、細胞内のミトコンドリア(注 1) の機能低下に起因する酸化ストレスが関係していることがわかりました。染色体不安定性は、多くのがんで見られる特徴でもあり、老化に伴う染色体不安定性は、遺伝情報の変化をひき起こし、がんなどの病態の発生に関係することが考えられます。

本研究成果は、6月8日に学術誌 Journal of Cell Science 誌に発表されました。

図 老化により染色体不安定性が生じる過程
老化に伴ってミトコンドリアの機能が低下し、活性酸素種が増加することにより酸化ストレスが生じる。酸化ストレスは DNA 複製のスムーズな進行を妨げ(複製ストレス)、複製ストレスは染色体の数や構造の異常の増加(染色体不安定性)をひき起こす。

【用語説明】
注1. ミトコンドリア:
細胞内小器官の一つであり、酸素を利用してエネルギー(ATP)を産生するが、その過程で活性酸素種が生じ得る。

詳細(プレスリリース本文)

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 分子腫瘍学研究分野 教授 田中 耕三
E-mail:kozo.tanaka.d2*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

COVID-19 治療薬の副作用の仕組みを解明 ー受容体経路を抑制することで副作用改善の可能性ー(モドミクス医学分野:魏教授)

COVID-19 治療薬の副作用の仕組みを解明 ー受容体経路を抑制することで副作用改善の可能性ー(モドミクス医学分野:魏教授)

【発表のポイント】
⚫ COVID-19 治療薬として使われるレムデシビルについては、頻度は低いものの心機能の副作用が報告されていましたが、そのしくみは不明でした。
⚫ 受容体を網羅的に探索することにより、レムデシビルが心筋細胞に発現するウロテンシン受容体 (注 1) を活性化することを見出しました。
⚫ レムデシビルの副作用は、ウロテンシン受容体経路を抑制することで改善される可能性が示されました。

【概要】
COVID-19 に対する抗ウイルス薬として使用されるレムデシビルは、頻度は低いものの、洞性徐脈(どうせいじょみゃく)(注 2) や低血圧、QT 時間 (注 3) 延長といった心機能への副作用が報告されており、その影響が懸念されています。しかし、その機序は不明でした。
東北大学加齢医学研究所の小川亜希子助教、魏范研教授、同大学医学部生の大平晟也氏、大学院薬学研究科の井上飛鳥教授らは、九州大学大学院薬学研究院、国立医薬品食品衛生研究所との共同研究により、レムデシビルが心筋細胞に発現するウロテンシン受容体 (注 1) を活性化することで受容体応答を引き起こし、心機能に影響を与えることを発見しました(図 1)。
核酸の一種であるアデノシンが細胞膜上に存在する受容体を活性化することは古くから知られていましたが、そのアナログ製剤であるレムデシビルの受容体活性については知られていませんでした。本研究で新たに明らかにした受容体経路を抑制することで、レムデシビル使用による副作用の改善が期待されます。

本研究結果は5月12日付で科学誌 Communications Biology に掲載されました。

図1 本研究の概要

【用語説明】
注 1.ウロテンシン受容体
受容体とは外界や体内からの何らかの刺激を受け取るタンパク質で、多くは細胞膜に存在しています。ウロテンシン受容体はウロテンシンⅡ(UTⅡ)と結合し、心血管収縮あるいは神経伝達などの作用を持つことが知られています。

注 2.洞性徐脈
心臓の拍動のリズムは正常ながら、脈が遅い状態。安静時の心電図で脈が50/分未満のものを言います。

注 3.QT 時間
心電図における心室興奮の始まりから消退するまでの時間。この時間が長くなると重篤な不整脈を発症する恐れがあります。

詳細(プレスリリース本文)

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 モドミクス医学分野 教授 魏 范研、助教 小川 亜希子
E-mail:fanyan.wei.d3*tohoku.ac.jp
akiko.ogawa.e5*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

遺伝子一つを再発現しただけで細胞死が起きた! ー転写因子 BACH1 の再発現によるフェロトーシスモデル細胞が完成ー(分子腫瘍学研究分野:田中教授)

遺伝子一つを再発現しただけで細胞死が起きた! ー転写因子 BACH1 の再発現によるフェロトーシスモデル細胞が完成ー(分子腫瘍学研究分野:田中教授)

【発表のポイント】
⚫ 転写因子注1BACH1注2を欠損した線維芽細胞注3で、BACH1を再発現させると、フェロトーシス注4という細胞死が起きることを発見しました。
⚫ このフェロトーシスが周囲の細胞へ伝播することを確認しました。
⚫ 将来、「この線維芽細胞を腫瘍内に入れて、そこでフェロトーシスを誘導することで、がんを縮小させる」細胞療法注5の実現が期待されます。

【概要】
フェロトーシスは、2012年に報告された鉄依存性の細胞死で、生体内でがん細胞の除去機構として働くことが分かっています。「がん組織でフェロトーシスを誘導することで、がんを縮小させる」という、新たながん治療戦略が期待されています。
東北大学大学院医学系研究科生物化学分野の西澤弘成(にしざわ ひろなり)博士、五十嵐和彦(いがらし かずひこ)教授らの研究グループは、加齢医学研究所の田中耕三(たなか こうぞう)教授らとの共同研究により、線維芽細胞で転写因子BACH1を再発現させると、薬剤を使わなくてもフェロトーシスが誘導できることを発見しました。これは過去に報告のない、新たなフェロトーシスモデル細胞です。さらにフェロトーシスが分泌物質を介して、このモデル細胞から周囲の細胞へ伝播、拡散していくことも突き止めました。
「腫瘍内にこのモデル細胞を埋め込むことで、がん組織にフェロトーシスを拡散させ、がんを縮小させる」という細胞療法に発展することが期待されます。

本研究の成果は、2023年4月24日に日本生化学会英文誌The Journal of Biochemistryにて発表されました。

図:BACH1再発現によるフェロトーシスモデル
BACH1欠損線維芽細胞に、BACH1遺伝子を導入してBACH1を再発現させると、還元剤除去をきっかけに細胞が自動的にフェロトーシスを起こして、死滅する。

【用語説明】
注1 転写因子:
遺伝子の発現を調節するタンパク質。転写を活性化するものと抑制するものがあります。

注2 BACH1:
ヘムや酸化ストレスに応答する転写抑制因子として、酸化ストレス下での細胞の反応に重要な役割を持つことが以前から知られています。2020年に、本研究チームは「BACH1がフェロトーシスの強力な促進因子である」ことを報告しました。

注3 線維芽細胞:
体内の各所に存在し、コラーゲンなどの間質成分を作り出すことで臓器のメンテナンスをしていると考えられています。後述の、マウス胎仔線維芽細胞を含め、線維芽細胞は増殖力が高く、細胞生物学、分子生物学実験でも頻繁に使用されます。

注4 フェロトーシス:
2012年にDixonらによって新しく報告された細胞死機構。細胞内自由鉄(Fe2+)を触媒として細胞膜リン脂質の過酸化反応が連鎖し脂質ヒドロキシラジカルが蓄積することで細胞が死に至ると考えられています。自由鉄を除去する鉄キレート剤の投与によって抑制されます。

注5 細胞療法:
細胞を体内に入れることで特定の疾患を治療する方法。現在、実用化されているものとしては、移植片対宿主病に対して、間葉系の幹細胞を投与するテムセル® (JCRファーマ)などがあります。

詳細(プレスリリース本文)

THE JOURNAL OF BIOCHEMISTRY

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 分子腫瘍学研究分野 教授 田中 耕三
E-mail:kozo.tanaka.d2*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
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ニコチンアミドメチル基転移酵素による脂質代謝制御 ー S-アデノシルメチオニン量の調節を介したしくみの解明 ー(生体情報解析分野:河岡准教授)

ニコチンアミドメチル基転移酵素による脂質代謝制御 ー S-アデノシルメチオニン量の調節を介したしくみの解明 ー(生体情報解析分野:河岡准教授)

【発表のポイント】
⚫ ニコチンアミドメチル基転移酵素 (NNMT)注1 がニコチンアミド代謝と脂質代謝を繋ぐことを明らかにしました。
⚫ このリンクの鍵は、NNMT およびその他多くのタンパク質が基質として利用する「S-アデノシルメチオニン」であることを明らかにしました。
⚫ NNMT の脂質代謝における貢献度はその細胞の系譜や状態によって異なることも明らかにしました。

【概要】
NNMT はがんに起因する肝臓の異常において重要な分子で、脂肪肝などとの関わりも指摘されています。しかし NNMT が肝臓の代謝をどのように調節しているのかについてはよくわかっていませんでした。
東北大学 加齢医学研究所 生体情報解析分野 河岡慎平准教授 (兼務:京都大学医生物学研究所 臓器連関研究チーム 特定准教授) の研究チームは、NNMT による S-アデノシルメチオニン注 2 の制御が間接的に脂質代謝に影響することを発見しました。
NNMT は脂肪肝などとの関わりも指摘されており、本研究が NNMT という重要な分子の作用機序を理解する重要な基盤となることが期待されます。

本研究成果は 2023 年 4 月 4 日に日本生化学会英文誌 The Journal of Biochemistry に掲載されました。

図:AML12細胞では NNMTは S-アデノシルメチオニン (SAM) の主な消費者であり、NNMTを阻害するとSAMが蓄積し、その結果として中性脂肪が減少することが今回明らかになりました。NAM; ニコチンアミド、MNAM; メチルニコチンアミド、SAH; S-アデノシルホモシステイン。

【用語説明】
注1. ニコチンアミドメチル基転移酵素 (NNMT)
S-アデノシルメチオニンのメチル基をニコチンアミドへと移し、メチルニコチンアミドとS-アデノシルホモシステインを生成する酵素。マウスでは肝臓や脂肪組織で強く発現している。

注2. S-アデノシルメチオニン
代謝物の一種で、メチル基の供与体としてはたらく。S-アデノシルメチオニンのメチル基はさまざまな酵素に利用され、メチル基の受け手となるタンパク質や代謝物の性質を変化させる。S-アデノシルメチオニンのメチル基がとれたものが S-アデノシルホモシステインである。

詳細(プレスリリース本文)

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 生体情報解析分野 准教授 河岡 慎平
TEL:022-717-8568
E-mail:shinpei.kawaoka.c1*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

老化に伴う睡眠障害をもたらす神経細胞を同定 ー食餌制限によって改善されるメカニズムを解明 ー(統合生理学研究分野:佐藤亜希子准教授)

老化に伴う睡眠障害をもたらす神経細胞を同定 ー食餌制限によって改善されるメカニズムを解明ー(統合生理学研究分野:佐藤亜希子准教授)

【発表のポイント】
⚫ マウスの老化に伴う睡眠の不具合、睡眠断片化注1 を引き起こす重要な神経細胞として、脳内の視床下部に存在する神経細胞を同定しました。
⚫ この神経細胞で Prdm13 注2 遺伝子を欠損させたマウスでは、若齢にもかかわらず、老齢マウスのような睡眠断片化が認められました。
⚫ 食餌制限が老化に伴う睡眠断片化を顕著に改善すること、また、Prdm13 陽性神経細胞がこの改善に必須であることを明らかにしました。
⚫ Prdm13 遺伝子の発現を老齢マウスの視床下部で高めると、睡眠の不具合が有意に改善され、Prdm13 陽性経細胞の機能回復が老化に伴う睡眠の不具合改善に重要であることが明らかとなりました
。

【概要】
老化に伴う様々な睡眠の不具合は、私たちの日々の生活へ悪影響を及ぼしうる大きな社会問題となっています。
東北大学加齢医学研究所の佐藤亜希子准教授(兼務:国立長寿医療研究センター研究所)と国立長寿医療研究センター研究所の辻将吾研究員を中心とする研究チームは、老齢マウスに認められる睡眠断片化に関わる神経細胞として、脳内の視床下部に Prdm13 陽性神経細胞を見出しました。また老化に伴う睡眠断片化は食餌制限により顕著に改善することができ、その作用には Prdm13 陽性神経細胞が必須である、ということも明らかにしました。
本研究は、国内外の複数の研究機関(ワシントン大学(米国ミズーリ州)、至学館大学、名古屋大学、筑波大学、大阪大学、国立長寿医療研究センター)との共同研究により実施されました。

本研究成果は、EMBO、Rockefeller University、Cold Spring Harbor Laboratory が共同発行する国際科学誌 Life Science Alliance において、2023 年 4 月 12 日にオンライン版で発表されました。

図:視床下部背内側部の Prdm13 陽性神経細胞の機能低下が老化マウスに認められる異常な睡眠覚醒形態(睡眠断片化)を引き起こす

【用語説明】
注1 睡眠の断片化:睡眠エピソードの平均の長さが短くなり、エピソードの回数が増える現象。これにより睡眠の連続性が低下し、睡眠の質の低下につながるとされている。老化だけではなく神経変性疾患などの病態でも起こることが知られ ている。
注2 PR ドメインとジンクフィンガードメインを含むタンパク質。視床下部に発現する神経ペプチドの発現量を調節している。

詳細(研究成果本文)

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 統合生理学研究分野 准教授 佐藤 亜希子
E-mail:akiko.satoh.b7*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

RNA 修飾と生活習慣病に関する総説論文を発表 ー 新たな治療法や予防法の開発に期待 ー(モドミクス医学分野:魏教授)

RNA 修飾と生活習慣病に関する総説論文を発表 ー 新たな治療法や予防法の開発に期待 ー(モドミクス医学分野:魏教授)

【発表のポイント】
⚫ 生体内におけるRNA修飾注1の役割、およびRNA修飾と生活習慣病注2の関わりについて概説した。
⚫ 環境要因によるRNA修飾の制御、RNA修飾と後天的ゲノム修飾注3の関わりについて考察した。
⚫ RNA修飾に着目した生活習慣病の研究によって、肥満や糖尿病に対する新たな治療法や予防法の開発が期待される。

【発表概要】
肥満や糖尿病などの生活習慣病の発症には、環境要因が深く関わっています。これまでの生活習慣病の研究では、遺伝子や後天的ゲノム修飾(エピゲノム)に着目した研究が中心に行われてきました。RNA修飾はRNAの安定性、細胞内局在、および翻訳の効率を調節することにより、遺伝子発現注4に大きな影響を与えます(図)。近年、RNA修飾と生活習慣病に関する研究が報告されているが、これらの研究を概説した総説はありませんでした。
東北大学大学院医学系研究科/東京大学先端科学技術研究センターの酒井寿郎教授、東北大学加齢医学研究所の魏范研教授、東北大学医学系研究科の松村欣宏准教授は、RNA修飾(エピトランスクリプトミクス)と代謝性疾患の研究について概説した総説論文を発表しました。
本総説論文では、生体内におけるRNA修飾の役割を説明し、RNA修飾と生活習慣病の最新の研究を概説しました。また、環境要因がどのようにRNA修飾を制御し、RNA修飾がどのように後天的ゲノム修飾と関わり、疾患の発症や予防に働くのかについて考察しました。
本総説論文により今後のRNA修飾に着目した生活習慣病の研究が加速し、肥満や糖尿病に対する新たな治療法や予防法につながることが期待されます。

本研究成果は2023年3月23日に国際科学誌『Nature Metabolism』オンライン版に掲載されました。

図:環境要因によるRNA修飾と後天的ゲノム修飾の制御。環境要因は後天的ゲノム修飾だけでなく、RNA修飾を変化させ、遺伝子発現を調節し、疾患の発症と予防に寄与する。

【用語説明】
注1. RNA修飾
DNAから転写されたRNAが受ける多様な化学修飾。RNA修飾の研究をエピトランスクリプトミクスと呼ぶ。現在までに約170種類におよぶRNA修飾が見つかっている。RNA修飾は、RNAの安定性、細胞内局在、翻訳の効率を制御する。

注2. 生活習慣病
食習慣、運動習慣、飲酒等の生活習慣(環境要因)が、その発症・進行に関わる疾患。例えば、糖尿病、肥満、高脂血症、高血圧症。

注3. 後天的ゲノム修飾
ゲノムDNAのメチル化、ヒストンタンパク質の多様な化学修飾。エピゲノムとも呼ばれる。環境要因は細胞内に伝わり、後天的ゲノム修飾を変化させ、遺伝子発現を調節する。後天的ゲノム修飾の異常は、生活習慣病の発症と関わる。

注4. 遺伝子発現
遺伝情報をもとに目的のタンパク質をつくるまでの過程を意味する。細胞内でDNAは先ずRNAに転写され、RNAはタンパク質に翻訳される。

詳細(プレスリリース本文)

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 モドミクス医学分野 教授 魏 范研
TEL:022-717-8562
E-mail:fanyan.wei.d3*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

がんに起因して起こる宿主の肝臓の急性期応答と炎症 ー 血清アミロイドαは乳がんモデルにおける肝臓の炎症の原因ではない ー(生体情報解析分野:河岡准教授)

がんに起因して起こる宿主の肝臓の急性期応答と炎症 ー 血清アミロイドαは乳がんモデルにおける肝臓の炎症の原因ではない ー(生体情報解析分野:河岡准教授)

【発表のポイント】
⚫ 乳がんをもつマウスの肝臓では急性期応答と炎症が同時に観察されます
⚫ がんによる急性期応答と炎症には因果関係があると示唆されてきました
⚫ 急性期応答タンパク質 Saa1-2 と炎症の関係を調べました
⚫ 本モデルにおいては Saa1-2 がなくとも炎症が起こることがわかりました

【概要】
がんをもつ個体では肝臓で急性期応答 (注1) と炎症 (注2) が起こることが知られています。急性期応答とは、感染やがんなどによって肝臓で急性期応答タンパク質が作られ、これらのタンパク質濃度が血中で著しく増えることをいいます。血清アミロイド α (注3) は急性期応答タンパク質の代表の一つです。これらのタンパク質は炎症を惹起すると考えられています。実際、血清アミロイド α と炎症マーカーの量は強く相関します。その一方で、がんをもつ個体の肝臓における炎症に対して血清アミロイド α がどの程度寄与するのかについての検討は十分ではありませんでした。
東北大学加齢医学研究所 河岡慎平准教授 (兼務:京都大学 医生物学研究所) と京都大学医学部附属病院乳腺外科 河口浩介助教の研究チームは、血清アミロイド α を完全に失わせたマウスを作製し、血清アミロイド α ががんによる肝臓の炎症に重要なのかどうかを検証しました。その結果、血清アミロイド α がなくても肝臓の炎症が起こることがわかりました。この発見は、遺伝子発現レベルでの因果関係があるように見えても機能的な因果関係がない場合があることを示す例といえます。本研究により、がんが引き起こす炎症と急性期応答の因果関係に関する理解が深まることが期待されます。

本研究成果は 2023 年 2 月 3 日にスイスの学術誌である Frontiers in Immunology に掲載されます。

図:遠隔にあるがんは骨髄や肝臓における遺伝子発現を変化させ、炎症を引き起こします。Saa1-2 はそのような変化の代表例ですが、このがんモデルにおいては、Saa1-2 の存否によらず炎症が起こるということがわかりました。

【用語説明】
(注 1) 急性期応答
がんの存在や感染に肝細胞が応答し、免疫系を活性化する分子を多量に産生するようになります。例えば血清アミロイド α はそのような分子の一つです。これらの分子 (この場合タンパク質) は血液に放出され、血中における濃度が急激に高まります。この現象のことを急性期応答と言います。

(注 2) 炎症
感染や創傷などの刺激に対して免疫細胞が活性化され、そのような免疫細胞がダメージを受けた組織に集まってくることを指して炎症といいます。今回の乳がんモデルでは、がんによって活性化された好中球などの免疫細胞が肝臓に集まってきます。このことを肝臓の炎症と記載しています。

(注 3) 血清アミロイド α
英語で Serum amyloid alpha (SAA) といいます。マウスの場合には Saa1 から Saa4 までの Saa 遺伝子が存在しています。このうち、Saa1 と Saa2 は非常によくにた遺伝子であり、機能が重複していると考えられています。本研究では、Saa1 と Saa2 の両方を完全に欠失させたマウスを作りました。

詳細(プレスリリース本文)

【お問い合わせ先】
<本研究に関すること>
東北大学加齢医学研究所 生体情報解析分野 准教授 河岡 慎平
TEL:022-717-8568
E-mail:shinpei.kawaoka.c1*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

<報道に関すること>
東北大学法人東北大学加齢医学研究所 広報情報室
TEL:022-717-8443
E-mail : ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)