Ogura

 

教授 医博 小椋 利彦
助教 理博 久保 純
助教 理博 宮坂 恒太



ここ数年の間にヒトゲノムの完全に解読され、インターネットを通じて容易にデータベースにアクセスすることが可能となった。また、ゲノムプロジェクトは他の生物にまで拡大し、数年のうちに主要な生物のゲノム情報が利用可能となる。一方、近年の発生生物学の目覚ましい展開によって、ハエからヒトに至る広範な生物種の形態形成が、普遍的な原理の上に成り立っていることが明らかとなってきた。例えば、ハエのHox 遺伝子は、マウスでも良く類似した機能を持っており、マウス Hox 遺伝子はハエでも機能するという互換性が存在する。このような知見によって、ハエのゲノム情報からヒトの遺伝子を単離するという試み、あるいは種々のゲノム情報の比較による包括的なアプローチが可能となってくる。私の研究グループでも、この手法によって Tbx 遺伝子、Irx 遺伝子などの普遍的な遺伝子を多数発見し、その機能を解析してきた。

Tbx5 / 4 遺伝子はそれぞれ上肢下肢の identity を決定しており、ニワトリを使って強制的に発現を逆転することで上肢(翼)を下肢(脚)に、また脚を翼に形態転換できることが明らかとなった。一見肢芽の研究に見えるこの実験も、神経学的なアプローチを加えることが可能である。例えば、先端が翼で基部が脚の肢芽には運動神経が翼様の進入様式をとる。また、 Tbx 遺伝子を体幹部に強制発現させることによって肢芽を異所的にもう一つ作ることが出来るが、この異所的な肢芽への神経支配も興味深く、肢芽を支配する運動神経と肢芽には緊密なシグナルの交換があると考えられる。

加えてTbx5 遺伝子は網膜の背腹軸にそった形態形成と網膜視蓋投射(Science に報告)、心臓の左右心室の非対称性の確立にも直接関与している。このことから、Tbx 遺伝子の機能を複合的に解析することが不可欠であり、四肢、網膜、心臓等の多様な器官に普遍的な原理を見据えながら、Wnt、Hedgehog、BMP などのシグナル分子との機能的連関を詳細に解析し、神経発生の研究に新しい局面を作ることを理想としている。

Irx 遺伝子は脊椎動物で6つ存在し、3つが tandem に列んで2つのクラスターを形成していることが我々の研究からもわかってきた。小規模ながらその構成が Hox 遺伝子と近似しており、それぞれの発現パターンは中枢神経系においてきわめて多様で、Hindbrain ではHox code と Irx code のふたつの遺伝子コードを想定することで、そこに発生する多様な運動神経の分化を説明できる。これは遺伝子の重複による多様化と神経組織の複雑化が進化の過程で連動してきたことを示している。また、いくつかの Irx 遺伝子は肢芽、心臓等の諸器官でも注目すべき発現をみせ、多様な器官の形成過程に深く関与していると考えられる。

Irx 遺伝子のニワトリ胚発生での機能を解析する目的で、我々はIrx2 に注目している。この遺伝子は将来の小脳の発生原基となる Rhombic lip での強い発現が特徴的である。Irx2 は、MAP kinase リン酸化部位をもち、またハエの遺伝学的解析から種々のシグナル分子と連関して機能することが示唆されていた。小脳の発生には FGF8 の機能が重要であることから、Irx2 と FGF8 を同時に中脳領域に強制発現させたところ、中脳(視蓋)がほぼ完全に小脳に運命転換した。このことは、Irx2 が小脳の determinant であり、FGF シグナルの(おそらく MAP kinase を介した)核内標的であることを物語っている(図)。

現在、Tbx、Irx 以外にも複数の新規遺伝子の解析が進行中で、神経幹細胞の分化を制御できる可能性が出てきており、ES細胞や骨髄細胞を使ってどこまで分化誘導できるか検討する実験も開始している。我々は、このような複合的な解析で、ハエからヒトに至る広範な生物の形態形成を司る普遍的なメカニズムを解明する。進化の過程で高度に保存されてきた形態形成の遺伝的プログラムは、組織や臓器形成の最も重要な根幹となっていて、細胞外シグナルから転写因子に至るシグナル伝達の解明により、組織発生、器官形成を自由に操作することが可能となるかもしれない。ハエの imaginal disc で働く遺伝的プログラムを、脊椎動物は organogenesis の根本的な原理として保存してきた。ヒトを含めた高等動物は、この遺伝的プログラムを多様な組織の発生に繰り返し用いることで複雑なボディープランを可能としている(Heterotopy、Heterochrony)。ヒトはハエの2~3倍の遺伝子しかもたないことがわかってきたが、普遍的なプログラムの保持と反復によって、限られた遺伝子数で複雑な構造を作り上げるシステムを進化させてきた。細胞や臓器のエンジニアリングには、このような基本原理の解明が不可欠であり、再生を目指した発生生物学の展開は、このような展望に立脚することが肝要であると考える。また、種による神経系の構造の違いがどのような遺伝的プログラムの差に規定されているか、種とはなにか、ヒトのヒトとしての神経系の特徴はどのような遺伝子に規定されているかを、将来的な構想として研究を進めたい。

図
Irx2 遺伝子による小脳形成誘導