加齢研ニュース 第42号

           (平成16年12月1日)

所長室便り
新任教授挨拶
分野紹介
随想
研究員会便り
研究会同総会広報
編集後記


「所長室便り」 帯刀 益夫

 「国立大学法人東北大学」がスタートしておよそ半年が過ぎた。法人化前と比較して表面的には余り変化が無いように見えるが,国立大学法人としての姿が色々なところで少しずつ顕在化し始めたところである。
 法人化後の大学運営では,「役員会」が大学運営に関する最終決定・執行機関としての中心的な役割を果たすことになったため,従来毎月1回定期的に開催されていた評議会に相当する「教育研究評議会」はその開催は不定期的となり,実際,開催回数も極端に減っている。役員会の運営方針は「部局長連絡会議」を通して伝達し,各部局の運営がそれに沿って行われることになったが,この会議もこれまでより少なく不定期的に開催されることとなった。総長・役員会が中心となって法人化後の大学運営の方向性を固め,安定的な運営をしてゆくまでには未だ時間が掛かりそうであり,この状態がしばらく続くように思われる。
 法人化になって大きく変わった点はいくつかある。その第一は,各法人が渡しきりの運営費交付金(人件費と物件費)をもとに経営してゆく形となったことである。とくに,これまでの国家公務員としての教職員の「定員」管理が無くなり,法人毎に人件費を適切に管理する事となり,これまでの各部局の「定員」を「配置職員数」として,この「配置職員数」を基盤として算定された「人件費総額」の範囲内で運用することになった。16年度の算定方式は紆余曲折を経て,部局毎の現員の人件費の平均単価を元に試算したが,17年度からは全学の平均単価をもとに計算することとしている。また,16年度はじめに第10次定員削減計画はそのまま実行しつつ,さらに全教員数の5パーセントに当たる人件費を中央管理の人件費枠として扱うこととして,各部局のこれまでの定員枠から中央枠に吸い上げて戦略的経費とすることとした。この中央枠の経費をどのような戦略的経費として使用するかは,これまで役員会等で検討してきており,ユニバーシテイプロフェッサー制度などいくつか提案がなされつつあるが,具体化にまでは到っていない。
  このような運営方式に従って,加齢研は16年度から新たに加わった附属ゲノムリサーチセンター(学内共同利用施設の遺伝子実験施設を統合し改変)を含めた配置職員数51名から中央枠管理2名を減じた49名を,中期計画年度中(6年間)の加齢研の「配置職員数」としてスタートすることとなった。また,法人化により,これ以後の国家公務員の定員削減措置から免れると考えられてきているが,法人に対していわゆる効率化係数が掛けられることにより,16年度から中期計画年度内に毎年1%経費(人件費,物件費ともに)の削減を課せられることとなった。このことは,国立大学法人化が,やはり政府の行政改革の一環として行われていることが現実のものとなってきたことを示すものといえよう。これに対応して部局毎の総人件費の1%を削減するため,結果として教員の雇用を減らさなければならない事態となり,今後,これに対応したシミュレーションを行い,雇用計画を考えてゆかなくてはならない。このことが全体として大学の将来計画に萎縮傾向をもたらさないように,より弾力的な運営が必要となっている。また,法人化により教職員は非公務員型になったものの,国家公務員制度を継承する形を取っており,これも当面大きな変化は無いものの,教職員の人事制度や就業規則が制度上変わることとなった。大学として新たな就業規則案を策定し,過半数代表者と労働契約を締結する形を取り,4月1日から新たな就業規則のもとでの就業体制となっている。最近,公務員給与に対する人事院勧告で寒冷地手当支給が大幅に削減され,とくに仙台地区は対象外となることとなった。本学職員の給与体系は非公務員型となったものの,基本的に公務員型を継承しているため,過半数代表者との話し合いを経て,人事院勧告に従うかたちで進むこととなるが,今後は,本学の教員の身分,給与関係,停年制度など大学法人としての新しい人事制度の基本的設計を検討する必要がある。現在,役員会等が中心となって検討しているようであるが,新たな構想を提案するまでには到っていない。法人化とともに,安全衛生法上の義務も強まり,各部局がそれぞれ事業所という形を取り,安全衛生委員会を設置し,教職員の勤務上の安全衛生に留意し,対応措置を行うことが必要となり,加齢研としても,安全主任者と産業医が毎月所内の安全確認と健康管理を行い,毎月安全衛生委員会を開催して点検確認を行っている。
 加齢研の組織運営については,4月から,所長,副所長を中心とする執行機関として運営会議を設置し,総務人事,財務,研究推進,将来計画の4つの常置委員会とともに新しい運営体制となった。しかし,多くの課題について教授会,専任教授会もこれまで通り毎月1回開催して審議を行ってきており,必ずしも運営の簡素化ができてはいない。当面,法人化のシステムが安定化するまで,色々と変化する情報についての伝達と構成員の意見の集約など,これまでの体制を継続することでスムースな運営ができるようにしたいと考えている。
 最近,加齢研のホームページの刷新を行ない,研究所の活動や研究方向を理解してもらえるような形にし,新しい情報を逐次提供できるよう更新してゆくことにしている。また,現在,研究所概要なども新しい情報を取り入れて作製するよう進めていただいている。そして,加齢研からトップジャーナルに掲載される素晴らしい研究成果も多くなってきており,その中から成果をホームページで解説したり,鋭意マスコミなどにも通知して公表してゆく体制も整えてきている。10月10日,11日には片平祭りとして3回目の加齢研の一般公開も行われた。研究所のみなさんには展示などの準備と,当日は休日返上で対応していただいたお陰で,2日間で約900名の市民,学生などが加齢研を訪れ,展示や公開実験を楽しんでゆかれるとともに,市民の方々からは大変よい評価をいただいた。片平祭りの事業に多くの時間を割いていただいた方々にお礼を申し上げると共に,こうしたことも,大学が社会に対して情報を提供し,理解を得る上で大切であると考える。全国の国立大学附置研究所や全国共同利用型の研究センターについては,法人化後は各国立大学法人の一組織としての性格が強まり,また,国立共同利用研究所は別の法人としてまとまることになり,日本の学術研究体制の上から附置研究所の位置付けも大きく変化してきている。そこで,全国の国立大学附置研究所・センターの所長会議も法人化後の新たな組織体制を整えて,こうした動きに対応すると共に,附置研究所等の活動を各大学,あるいは社会にアピールしてゆくような活動を開始し,ホームページの立ち上げや,社会向けの公開シンポジウムの開催など新しい試みを行っている。
 医学部と歯学部の附属病院が統合して東北大学附属病院という新しい組織形態となり,法人化後の統合病院の経営が大きな課題となってくるため,その改善策や,1部局として一体化した運営ができるような組織体制作りについて審議が進んでいるところである。臨床系部門が病院に診療科を持っている加齢研としてもこの組織運営に対してこれまで以上に組織的にも協力してゆくこととなり,加齢研の教員が病院長選挙においても選挙権を持つことなどいくつかの改変が行われており,つい最近行われた病院長選挙から選挙に参加することとなった。
 こうした法人化後のいくつかの具体的な動きもあるものの,法人化対応のために多くの労力を費やしてきているため,大学として長期的な視野に立った将来計画の策定などが進んでいない状況にある。加齢研は改組してからすでに10年を経過しているので,研究所の見直しや将来計画など将来的な課題についても改めて考えて行かなくてはならない状況にある。
 法人化後はこれまでのいわゆる概算要求のような形で多くを望めないことや,法人化後の運営方式上の制約もあるため,今後の方向性を明確にしてゆく作業もはかどっていないが,高齢化社会を迎えて,加齢研の方向性の正しさや社会的要請はより強くなっており,大きな組織改編というよりは,この研究の方向性をいかに実質化し,研究所の評価を高いところに定着させてゆくことが重要と思われる。東北大学としては,21世紀COEや先進医工学機構などをもとに新たな大学院を設置してゆく計画であり,最近,医工学研究科等の設置に向けた検討委員会も設置され,その取り組みも始まったところである。また,ゲノムサイエンスを中心として生命科学研究が大きな転換点を迎えており,これらに対応してよい研究教育体制を整えてゆくためには,加齢研としても本学のライフサイエンス研究教育の在り方を再考し,関連の組織との連携や組織再編も視野に入れて考えてゆく時期に来ていると思われる。
 以上,法人化後の状況をかいつまんで述べてきたが,今後もひき続きよりよい研究教育環境を整えるべく対応してゆきたいと考えている。

「新任教授挨拶」  
 就任御挨拶 医用細胞資源センター 松居 靖久

 8月1日付けで,医用細胞資源センターに着任致しました。どうかよろしくお願いいたします。

1. 発生を細胞レベルでみる
 私の研究に関する興味の持ち方をひとことで言うと,発生を細胞レベルで見る,ということになります。発生を研究する際には多くの切り口があります。例えば,遺伝子の欠損が引き起こす異常を個体レベルで調べる遺伝学的なやりかたや,特異的な遺伝子発現を引き起こす分子のつながりを調べるアプローチなどが盛んに行われています。私もそのような方法を駆使して,最後には発生の分子機構を解明したいのですが,その前にまず正常な胚発生過程で起こっていることを,生きたままの細胞のレベルで観察したいという思いがあります。見ることには理屈を越えた感動があるとともに,メカニズムのヒントが得られる場合も多いと感じます。
 私は大学院の学生だったころ,赤血球の分化機構に関する研究をしていました。白い細胞が分化して赤くなるのを見ると,細胞分化を直感的に理解することができます。そして赤く変化するには細胞のなかでどんな仕掛けが動いているのか,という興味へ発展します。学位取得後,米国に留学しました。血球の分化機構の窮極は,いろいろな血球細胞に分化する幹細胞の分化制御ですが,さらにさかのぼれば,胚発生,受精卵に行き着きます。当時,哺乳動物の胚発生がどんなものかあまり理解していませんでしたが,より上流を見てみたいという漠然とした思いがありました。留学先のボスは,マウス胚をこよなく愛している人でした。ポスドクや学生が胚を取っていると,私にもやらせてとやってきて,喜々としてあれこれ説明してくれました。私には,マウス胚の美しさとともに,彼女のそういうあり方が印象的でした。このようにして振り返ると,私の今の興味が,研究を始めて二十数年の間に偶然出会った何人かの人たちの影響を受けて育ってきた物であることを改めて感じます。

2. 研究の作り方
 私は学位取得後の半年間と,留学から帰国後の6年間,加齢研で研究に従事しました。今回赴任して,過去2回の赴任の時と比べて,何となく周りが違って見えたような気がしました。学生からポスドクまでの期間は,今になって思うと自分の場合は,お客さん的だったと思います。帰国後,加齢研に助手として赴任して,初めてそれまでとはだいぶ違う状況に置かれ,その6年間と,その後,異動した先の大阪でのさらに6年間で,もてなす側のすべをある程度は学んだのではないかと思います。私の場合,興味を共有する人たちとあれこれ話をしながら,一つの研究を作り上げていくというのが,今,楽しく感じられます。ここ何年間か,私は時々周りの人たちに,お互いにレスペクトすることが大切だ,といったことを言います。個性が勝負の研究では,個性がぶつかり合うこともままあります。それは研究室のボスと学生の間でも例外ではありません。そのような中でレスペクトしあうことは,容易でないことも多いのですが,お互いに自分をうまくコントロールできれば,その結果として得られるものは大きいと思います。

3. 違う土地に住む
  私は学位を取るまではずっと東京で暮らしていました。ごちゃごちゃしていますが,常に発展している感じがあり,私にとって魅力的な街です。その後は,海外を含めて東京の外で暮らしています。時々東京に帰ると,家にかえってきたという感じがしますが,その一方で,私は違う土地に住むこともまた楽しく感じます。米国での暮らしは特に深く印象に残っています。気候,風土,人との接し方等,いろいろなことが日本と違っていて,少なくとも3年半の期間では全体としてみて自分には心地の良いものだったと思います。また,違う環境におかれて,自分の良い部分,悪い部分が表に出やすくなったように思います。このことは帰国してから12年経ってみて,自分にとってはプラスだったと思います。留学している間に日本では,バブル崩壊,昭和天皇崩御といった大きな出来事がありましたが,なぜか遠い異国の地の出来事のように感じられました。
 以前,仙台にいた6年間は,いろいろな面で余裕が無く,正直言って仙台に生活していたという実感がやや希薄です。子供がまだ小さかったので,時々遊びに行った郊外の公園や近所を散歩したとき等の,断片的な風景が印象に残っています。大阪での研究所はこじんまりしていて,雑用がなく小回りが効く点でメリットがありましたが,加齢研の雑多な感じが時々懐かしく思われました。この文章を書いている今は,主に大阪にいる時間が長いこともあり,大阪の印象はまだうまくまとめられませんが,もっともインパクトが強いのはやはり言葉だと思います。自分の周りにも関西弁を話す人は多いですが,電車の中等で,子供や学生同士がこてこての関西弁で話していると,なぜかテレビをみているような,自分の実生活と距離のある世界を見ているような感じが今でも時々します。おそらく,自分自身が関西弁を話せばそのように感じることも無くなるのでしょうし,嫌いではないのですが,関西弁を話すまでにはついに至りませんでした。

4. 生殖細胞の魅力
 留学期間の半ばにさしかかった頃に,ボスが他の研究室との共同研究を持ってきたことをきっかけに,マウスの生殖細胞の研究を始めることになりました。マウスの発生を理解したいという目標を持って留学して,それまではその目標にあまり近づけていなかったので,ボスに発生をやりたいのでおもしろいテーマをちょうだいと言い続けました。ポスドクなんだし,そんなことは自分で切り開けという感じで,ボスは大体は不機嫌でしたし,それはもっともなことです。しかし,何事も粘りは肝心で,特に米国では,私が感じたことには,言ったが勝ちという部分もあり,この時は結局,良い方向に向かいました。初めはマウス胚の中の始原生殖細胞の増殖因子から入りましたが,やがて始原生殖細胞が初期胚に存在するどんな細胞にも分化できる多能性幹細胞に容易に変化することを見つけました。受精卵やそこから発生してくる初期胚の細胞は,どんな細胞にも分化する能力を持っています。一方,生殖細胞は卵子か精子という特殊化した細胞にのみ分化でき,直接体細胞に分化することはないので,その意味で両者は異なっています。しかし卵子は受精し発生が進むことにより多能性幹細胞を生み出す力を持っており,また始原生殖細胞は培養条件により多能性幹細胞に簡単に変化することからも,これらの細胞は密接に関連していると考えられます。多能性幹細胞から生殖細胞が生まれ,それが再び多能性幹細胞に戻る時,細胞ではどのようなことが起こっているのかと思います。またそれらの手がかりが得られると,今度は体細胞と比較して,体細胞はなぜ体細胞なのかがわかるかもしれません。このようなことを興味の中心に据え,研究を進めていきたいと思っています。

新任のご挨拶 ゲノムリサーチセンター 山本 徳男

 高齢化社会に対応したポストゲノム研究を推進するために,本年度より旧遺伝子実験施設が加齢医学研究所附属ゲノムリサーチセンターに改組されました。これに伴い,私は新たに加齢医学研究所の教授として加えていただくことになりました。私は平成4年より旧遺伝子実験施設の教授をしてまいりましたが,加齢研の新人教授として,ここに改めて新任のご挨拶を申し上げます。
 私は東北大学農学部4年生の時,栄養学講座の木村修一先生の指導を受け,実験するよろこびを知り,研究者としての道に進みました。宇都宮大学農学部修士を経て,1979年に京都大学医学部医化学教室に入り,沼正作先生の指導で博士研究を4年間行いました。
 沼先生は脂肪酸生合成でノーベル医学生理学賞を受賞したフェオドール リネンのもとに留学し,徹底的に鍛えられた研究者でした。そのために指導は厳しく,「きつい」の一語につきる大学院時代を過ごしました。私は大学院に入って3日目に,沼先生より,「君,もう大学院をやめなさい」と言われました。当時,私の研究していた酵素は室温での半減期がわずか30秒という不安定な酵素で,それを言い訳の材料にしたことに対する言葉でした。私は大変なショックを受け,この言葉に目が覚めたというより,自分に怒り,それをばねに徹底的に酵素の安定化に努力しました。いったん安定化に成功した酵素は簡単に精製することができ,最終標品は室温にどんなに長く放置しても失活することはありませんでした。この体験より,先入観や思いこみはいかにいい加減なものか,最終的にはやる気次第であることを学びました。沼先生は常々私たちに「研究以外,脇目を触れるな! 本道を歩め!」と語り,ご自身はまさにそのままを実践されていました。1992年2月15日に沼先生は研究途上で亡くなりましたが,死の床でまで,研究を貫こうとしました。沼先生のように,研究のために生き,死ぬことができたなら,研究者として幸せそのものであると思われます。しかしながら,自分が沼先生に初めて出会ったころの歳になって,なかなかできることではないと実感しております。
 その後,1983年にダラスのテキサス大学ヘルスサイエンスセンターのゴールドスタインとブラウンの研究室に留学し,3年半ポスドクとして過ごしました。ゴールドスタインとブラウンは血中のコレステロール運搬体である低密度リポタンパク(LDL)を結合するレセプターを発見し,同時にこのレセプターの異常が家族性高コレステロール血症と呼ばれる人類で最も頻度の高い遺伝病の原因であることを証明し,85年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。
 ゴールドスタインとブラウンの研究室での私の使命はLDLレセプターをクローニングすることでした。LDLレセプターの分子量は16万と大きいため,当時の多くのアメリカ人ポスドクが躊躇したテーマでした。私は当時クローニングで世界に怖れられていた沼研出身でしたので,クローニング自体にあまり難しさを感じず,まったく躊躇しませんでした。実際,時差ボケが回復する前にクローニングすることができました。
 ゴールドスタインとブラウンの最大の特徴は独自の発想や研究の進めかたの独創性にあります。彼らは二人三脚で30年以上共同で研究を続け,今でも,世界をリードする研究者であります。彼らの研究の極めてユニークな点は,病気の原因解明に基づいていることです (disease orientated research, DOR)。DORという概念は彼らのオリジナルな発想で,現代の医学研究で最も重要な研究のスタンスであると思われます。
 1986年の秋に,私はダラスを後にして,設置間もない遺伝子実験施設の助教授として,仙台にまいりました。以来,独立した研究者としていろいろなテーマに手を出してきました。沼研で精製した脂肪酸活性化酵素やゴールドスタイン,ブラウンが手を出さなかったLDLレセプター以外のリポタンパクレセプターなどをクローニングしましたが,どれも中途半端に終わっているのが正直なところでございます。現在は,LDLレセプターファミリーのLRP5に焦点をあててdisease orientatedなスタンスで研究しています。
 独立した研究者として20年近く研究してまいりましたが,遙か沼先生やゴールドスタイン,ブラウンに及ばないというのが実態です。今後,一層の努力により,一歩でも彼らに近づけたらというのが,私の現在の心境でございます。
 皆様の一層のご指導とご鞭撻をお願い申し上げます。

「分野紹介」 分子神経研究分野

 分子神経研究分野は生命科学研究科脳構築学分野と2つの顔を持っています。私と助手の渡邉裕二が生命科学研究科,助教授の舟橋淳一が加齢研分子神経が本務です。後ポスドク一人(生命科学),医学系研究科学生4人,生命科学研究科学生4人,技官,秘書で構成されています。ラボは形の上ではキメラですが,実際は一つのラボとしてまとまっていると思っています。
 わたしたちのラボでは基本的に「常に胚に戻って考える」ということを心がけています。そのために実験発生学的手法を用いることもありますが,分子神経発信のものとしてはエレクトロポレーション法があります。これは,名古屋大学の村松先生により可能性が示唆されたものですが,舟橋によりニワトリ胚への遺伝子導入のための条件が設定されました。最近,siRNAの導入により遺伝子のKOもできるようになったことから,さらに可能性が広がっています。ニワトリ胚では遺伝子の強制発現,機能阻害実験ができにくいために,発生生物学の研究材料としての価値が下がっておりましたが,この方法により発生生物学研究の実験動物としての地位が復活しました。エレクトロポレーション法はマウス胚へも応用されるようになり,発生学研究のルーチンのテクニックとなっています。
 このような方法で,分子神経では「中枢神経系の領域化」「神経回路形成」「ニューロンの移動」「発生におけるシグナルとその細胞内経路」「耳の発生」の研究を行っています。
 領域化,神経回路形成の研究では発生初期ニワトリ胚の脳胞にエレクトロポレーション法によりいろいろな遺伝子を強制発現させることにより,非常に面白いことがわかってきました。まず,脳胞の発生運命はそこで発現している転写因子の組み合わせによって決まること,前脳前端と中脳後脳境界部はオーガナイザー活性をもっているが,そこから分泌されるFgf8が転写因子の発現を変えたり安定化したりすることによって,その近くの領域の発生運命を決定するということです。中脳という領域はOtx2, En1, Pax2という転写因子が重複して発現している領域で,そこにPax3/7の発現が加わると視蓋として分化することになります。
 Fgf8, En1, Pax2はその発現に関して正のフィードバックループを形成しているので,そのうちのいずれかを間脳に発現させると,そのループが回り,それらの遺伝子が発現するようになる。間脳ではOtx2遺伝子は内在的に発現しているので,結果的に異所的な中脳が発現することになります。このようにして中脳の発生運命を後脳に変えたり,後脳の発生運命を中脳に変えることができます。血球系などは細胞単位で考えればいいので運命転換ということは理解しやすい。しかし脳の場合には領域全体のプログラムが変わってしまうシステムです。まだそのメカニズムに関しては解析が始まっていないが,非常に面白いシステムだと思っています。
 最近ではスライス培養系を用いて,神経細胞の移動を可視化する研究も始めています。ニワトリ視蓋は16層の構造を持っており,ニューロンの移動様式が最近研究されるようになりました。哺乳類大脳皮質での細胞移動は現在盛んに解析が行われているところです。視蓋での細胞移動は哺乳類大脳皮質でのそれとは違うようなので,新しい細胞移動のパターンの発見,メカニズムの解明へと続く可能性があると思っております。
 シグナル系としてはFgf8のシグナルが細胞内でどのように処理され,次の遺伝子を活性化するかということ,活性化される遺伝子は何かということ,発生系で非常に重要なsonic hedgehog (shh)の新しいシグナル伝達経路の研究,視蓋で特異的に発現している受容体のシグナル系の解析などを行っています。
 また,舟橋グループはゼブラフィシュを用いて内耳発生の研究を行っています。ゼブラフィシュは胚が透明であるので,側頭骨に覆われて複雑な形態形成過程をたどる耳の発生の研究には特に威力を発揮するように思われます。
 ラボでは春には新人の歓迎会を兼ねた花見,秋には芋煮,冬にはスキー合宿などを通して親善をはかっています。
文責:仲村 春和

「随 想」  ビュー・ポイント 佐竹 正延

  怪我をして1カ月間の入院生活を経験しました。医学部を卒業してより基礎医学に従事しておりましたので,30年ぶりに足を踏みいれた,いえ,正確には大腿骨の骨折ゆえ歩くことは適わず,担ぎ込まれた病院での生活です。当然,ナースやドクターの職務ぶりを垣間見ることになります。そして患者にとってより身近な存在は,フレッシュ・ギャルであれ年輪オバサンであれ,看護婦さんでした。点滴・お薬に限らず,動けない時の排泄物の処理から食事まで,何から何までお世話になります。従って医師よりかは看護婦さんの名前を,先に覚えてしまいました。頭のてっぺんから爪先まで純白な彼女達の,キビキビ働く姿を見てからには,ヘミングウェイの主人公が恋におちいるのは無理からぬものがあると,昔,読んだ小説も思い起こされます。当方は,シミ・シワ・オジサンですからロマンチックには程遠いものの,彼女達の精勤ぶりを好ましい感情をもって見てしまうことに,変わりはありません。
 一方,ナースに比べドクターは,患者にとって影の薄い存在でした。勿論,手術そのものは例外です。腰椎麻酔ゆえ当方の意識は覚醒状態,そしてX線透視下でボルトが2本,骨折部位に打ち込まれるのを患者の私も観察できます。担当の先生に尋ねると,「慣れているから」との一言でしたがそれにしても,切開口は最小,そしてかなり深部の損傷部位まで一直線に達するや,みるみるボルトを打ちその間,無駄・余分は一切なし。素人目にも鮮やかな手際としか思えませんでした。でも濃密なのは手術時の2時間だけ。術後は毎朝の回診で,「どうですか」「変わりないです」の会話に要する1分間が,退院までの30日間,繰り返されたのです。その他にはドクターがどこにいて何をしているのか,患者の私からは全く,見ることができません。随分と遠い存在なのだな,この分ならドクターはヒマなのかもしれないと感じた次第です。
 そこで退院後,知り合いの加齢研ドクターにその旨を話した所,極めて心外であるとの反駁を受けてしまいました。可愛いナースがお薬を渡したと佐竹は喜んでいるようだが,一体,誰が処方を指示しているのか,考えてもみなさいとのお叱りです。それもそうかな,と思ってもう一度,振り返ってみますと例えば手術。朝9時の開始で当方は3件目,そして6件目だった相部屋の住人が手術室から戻ってきたのは夜の9時。すると2人の担当医は12時間は働き詰めです。昼御飯は5分くらいでかき込んだのだろうし,家庭に戻っての夕食は10時過ぎだったのかもしれません。そして手術日は火曜と木曜の週2日。ドクターといえども2日間は忙しいことになります。次に退院後の通院は,病棟ではなく外来です。そこで目にするのは当方も含め患者さんの大群。待つこと2時間,診察は5分。であっても外来担当医は大勢に対処しなければならない訳で,9時に開始しても終了は午後1時過ぎ。その外来が週に2日。うん,これでドクターの週間予定表はかなり詰まってきました。その他,病棟回診も,当方にとっては1分でも50人の患者さんがいたら,1時間はかかる。ばかりじゃない。ドクターがポケベルを持たされていたことも思い出します。患者さんに異変がおこれば,夜中であろうと週に1〜2回は呼び出されているのかもしれません。そんなこんなを合算すればドクターの日常は,忙しいなどという生易しい表現では足らないのではないか,とも想像できます。
 にも拘わらず,アラ不思議。現実に入院中の私の,ドクターとのお付き合いは先に申しましたように,回診時の1分間のアイサツのみ。つまり私は,みるみる元気に回復した,ドクターの手がかからなかったということなのでしょう。それを良い事にベッドの上では,論文書きに精を出しておりました。そう言えば教授の任に着いて以来,私の仕事といえば論文書きだけです。毎日,何かを書いては直しております。論文完成は教授の職務中,最重要事ですから,文字通り心血を注いでいるといっても,過言ではありません。この時,1つの論文に1〜2カ月かかるとしてその間は,実験を担った学生さんとの対話が密になります。しかし,待てよ。1人の学生が大学院時代に完成する論文は1〜2報。すると学生さんからすればその院生時代4〜5年の間に,教授が目を向けてくれるのはたったの1〜2カ月に過ぎない,ということになりはしないでしょうか? でも私からすれば年がら年中,いずれかの学生さんの,何らかの論文に励んでいるのです。うーん,何だか妙です。
 患者さんは病状が重くなるほどドクターに用があり,学生さんは成果を出すほど教授に用がある。自分は今回,患者になったし,かつては学生であり,現在は教授。自分にとって不思議な存在,それがドクターということでしょうか。

「研究員会便り」 研究員会委員長 安部 まゆみ

 委員長就任から9ヶ月が経ちました。会員数はH16年度10月1日現在で182名(助教授11,講師5,助手35,研究員16,院生93,研究生2,留学生15,医員5)とH15年度末に比し,総数で12名増加しています。
 活動状況ですが,学術活動としましては,集談会での発表コンテスト2件,研究員会セミナー3件,研究員会主催退官教授記念講演1件,顕微鏡セミナー1件を主催いたしました。
 発表コンテストは1月30日の第121回集談会で第4回を行い,中村晃先生(遺伝子導入)と鈴木孝幸先生(神経機能情報)が受賞され,賞状と賞金をお渡しました。6月26日には第122回集談会で第5回を行い,笹原洋二先生(発達病態)と関根一光先生(病態計測制御)が受賞されました。授賞式はH17年の研究員会主催新年会で執り行います。
 研究員会セミナーは3月5日に渡邉裕二先生(分子神経研究)のご紹介により,国立遺伝学研究所・集団遺伝研究部門の隅山健太先生,8月9日にも同じく渡邉先生からのご推薦により,RIKENの下郡智美先生,9月1日は内田隆史先生(病態臓器構築)からご提案された癌研究会癌研究所の今村健志先生を講師に迎えてセミナーを主催いたしました。残念ながら,H16年度も研究員会セミナー申し込み件数が少なく,現在のところ上記の2件のみです。このままでは,執行額が予算を大幅に下回ることになり,H17年度予算は減額することになりそうです。是非,企画立案して事務局までご連絡下さい。皆様の応募をお待ちしています。
 H15年度退官の教授はお一人で,3月26日に医用細胞資源センターの工藤俊雄先生の退官教授記念講演で最後の講義を拝聴いたしました。退官という言葉は淋しく響きますが,先日,福岡での癌学会総会でお元気そうな工藤先生にお目にかかりました。退官後もご活発に研究を行っていらっしゃるようです。
 オリンパスとの共催の顕微鏡セミナーも3回目を数えます。毎回盛況で,今年は5月18日に仲村春和教授(分子神経)のご紹介で,理化学研究所の宮脇敦史先生を講師に迎えて行われました。
 学術以外の活動ですが,各分野の委員による定例委員会を毎月行い,予算,行事などについて話し合いをしています。5月20日に研究員会総会と新入会員歓迎会を行いました。どちらともこれまでに無い多数の方の参加を得られ,用意した事務局にとりましても嬉しい一日となりました。
 今年のスポーツ大会は,9月22日に勝山ボウルにてボーリング大会を行いました。多数の参加者を得て,また担当委員(遺伝子導入の海部知則先生)の賞品選びのセンスが受けて,大いに盛り上がりました。ボーリングがここのところの定番ですが,アンケートによりますと,これ以外の種目ではフットサル,ソフトボール,卓球に票が集まっていて,ボーリングとは僅差でした。次回もアンケートを元に種目を決定しますので,回答のほうよろしくお願いします。今回も教授の先生方の参加が少なかったのが残念です。教授の皆様,秋の日の一日をご自分の分野以外の,同じ研究所のメンバーと共に楽しく過ごしませんか。
 今後も,研究員会が会員の研究生活に少しでも彩と実りが添えられる事を願い,皆様の積極的な参加を期待いたします。

「研究会同総会広報」 庶務幹事 近藤 丘

庶務報告

  1. 研究会同窓会会員の確認(平成16年11月現在)
      通常会員 779名
      ( 名誉会員70名,所外510名,所内199名)
      賛助会員 31施設
      購読会員 20件
      物故会員(平成16年6月〜11月)
       平間  仁先生 平成15年10月  5日
       太田 早苗先生 平成16年  1月28日
       片倉 康博先生 平成16年  9月13日
  2. 加齢研ニュース41号発行
       平成16年6月
  3. 第122回集談会
     日 時 : 平成16年6月26日 (土) 午後1時から
     場 所 : 加齢医学研究所大会議室
     一般口演(7題),山家智之新任教授特別講演
  4. 平成16年度加齢医学研究所研究会同窓会総会,講演会および懇親会
     日 時 : 平成16年6月26日(土)集談会終了後
     場 所 : 総 会 加齢医学研究所大会議室 午後4時から
         講演会 加齢医学研究所大会議室午後5時から
      「右と左の科学,分子から結晶,生物個体まで」講師 黒田 玲子氏
      懇親会 プロジェクト総合研究棟(旧加齢研病院)セミナー室 午後6時15分から
  5. 第32回加齢研シンポジウム・特定領域研究脳のパターン形成シンポジウム
      Symposium on Vertebrate Brain Pattern Formation
     日 時 : 平成16年10月29日(金)午前9時20分から
     場 所 : 加齢研大会議室
     代表世話人 : 仲村 春和

今後の予定

  1. 第123回集談会
     日 時 : 平成17年1月28日 (金)午後1時から
     場 所 : 加齢医学研究所大会議室
     一般口演,新任教授特別講演
  2. 第33回加齢研シンポジウム
    Oncogene Addict : がんにおけるgain of functionシグナルと分子標的薬
     日 時 : 平成17年1月14日(金)午後1時から
     場 所 : 艮陵会館 記念ホール
     世話人 : 貫和 敏博
  3. 第34回加齢研シンポジウム
    「バイオインフォマティクスと加齢医学」
     日 時 : 平成17年2月24日 (木)
     場 所 : 加齢医学研究所大会議室
     世話人 : 佐竹 正延
  4. 第35回加齢研シンポジウム「再生医療最前線」
     日 時 : 平成17年 3 月 4 日(金)
     場 所 : 加齢医学研究所大会議室
     世話人 : 山家 智之,堀  義生
  5. 第124回集談会
     日 時 : 平成17年6月18日(土)午後1時から
     場 所 : 加齢医学研究所大会議室
  6. 平成17年度加齢医学研究所研究会同窓会総会,講演会および懇親会
     日 時 : 平成17年6月18日(土)集談会終了後
     場 所 : 総会  加齢医学研究所大会議室
  7. 加齢研ニュース発行
     42号 平成16年12月
     43号 平成17年 6 月

「編集後記」

 東北大学が国立大学法人となって半年ほどが過ぎました。皆さんにとって,この間の変化は良いものでしたでしょうか,それとも……?
 ともあれ,おかげさまで法人化後2号目に当たるこの号も発行することが出来ました。今後ともご寄稿などのご協力をよろしくお願いいたします。
舟橋淳一