加齢研ニュース 第38号

           (平成14年12月1日)

所長室便り
特別寄稿
随想
研究員会便り
研究会同総会広報


「所長室便り」 帯刀 益夫

 前回(5月)の所長室便りでお知らせした以後の国立大学法人化についての情勢をお知らせしたい。平成14年3月26日に文部科学省調査検討会議の最終報告「新しい「国立大学法人」像について」が出され、国立大学協会もおおむねこれに同意できるものとし、具体的対応を進めてゆくこととなり、本学でも平成16年度の大学法人化にむけて、「東北大学制度検討委員会」を設置し、組織業務・人事制度委員会(帯刀が参加)と目標評価・財務会計委員会(福田評議員が参加)で法人化の具体化策を検討していることは、前回もお知らせした。このほどこれら検討結果が「中間報告」としてまとめられ、10月の評議会で了承された。これらの検討状況は東北大学のホームページに逐次掲載され、ご意見をフィードバックさせる体制もとりながら進められた。「中間報告」はホームページに掲載されているので、詳細はそれをご覧いただきたいが、「国立大学法人となることで、法人化した本学の運営組織に、法人の長(総長)と役員会という責任をもって意思決定と執行にあたる中核的な機関をもつことは不可欠である。しかし、大規模総合大学である本学の運営組織では、中央に意思決定・執行の責任組織をもち、全学的に一体的に運営しようとすることに加えて、個々の教員、分野等が輝いていて、学内の研究教育の各分野・各部局等の自主性と活力が保たれ、全学的運営に当たっても学内の知恵と意見を広く集約することが必要である。このような考え方のもとに、「運営組織」では、想定される「国立大学法人法」(仮称)を枠組み的要件としつつ、東北大学の運営組織の基本点を定める」方向で検討を進めてきた。
 この中で、「組織業務・人事制度」について最終的に大きく変更された部分は、総長の選考について、第10次案までは、「意向投票の実施、代議員制度の実施の方向性が含まれて」いたが、「直接選挙の是非を含めて、中間報告後に本格的に検討すること」になった。これは文部科学省の最終報告にもあるように、「外部意見を入れた学長選考制度」をこれまでの本学の選挙制度とどう対応するか十分議論が尽くされていないためでもある。また、東北大学医学部附属病院と歯学部附属病院は統合を決定しているが、これに関連して、「組織統合した病院を、医学部・歯学部附属病院とし、平成16年の東北大学の法人化に合わせて、東北大学附属病院とする」としていた部分について「中間報告部局持ち帰りにおいて医学部附属病院長から、病院運営委員会の設置そのものに対して疑問が呈されている。委員会は、統合後の病院を法人化に併せて東北大学附属病院とすることと病院運営委員会の設置は一体と考えてきたので、法人化に際し東北大学附属病院とすることの是非・可否を含めて、中間報告後に再検討する」となっている。
 「目標評価・財務会計」委員会では、特に「中期目標、中期計画の策定、実施、評価のシステム」の学内制度を構築するとともに、平成16年度からの第一期の中期目標、中期計画の原案を準備する作業を行ってきた。そこで、平成13年11月評議会で承認した「東北大学の理念」を基本理念、長期目標の根幹として全学の中期目標を定めることとし、そのため、各部局の中期目標計画を準備し、これを反映させて全学的な中期目標を作成する方向で作業が行われた。加齢研でも、福田評議員を中心として8月から9月にかけて膨大な「中期目標、中期計画」をまとめてていただき、提出した。今後は、文部科学省からある程度フォーマット化したものが示され、各部局から提出されたものを考慮して本学の「中期目標、中期計画」の策定を進めてゆくことになると思われる。財務会計制度については、財政的基盤を確保する方式や運営費交付金の積算、配分方式が依然不明である中で学内予算配分などについての検討がなされてきたが、これについても、今後の進展に応じた検討をさらに進めてゆかなくてはならない。また、法人化とともに職員の身分を非公務員型とすることになっているが、これにともなう諸問題については未だ十分な議論が進んでいないし、法人化への移行措置をどのようにするかなども検討が必要であり、「大学法人法」がどのように制定されるかなども考慮して検討課題が山積みである。
 さて、大学附置研究所についての最近の状況であるが、法人化後における国立大学附置研究所・研究施設・研究センター等のあり方、とりわけ財務面のあり方について、5月23,24日に開催された「文部科学省所轄ならびに国立大学附置研究所長会議」第61回総会において、法人化後の大学等における学術研究体制について討議し、諸外国の経験を踏まえたわが国のあるべき学術研究体制として「リサーチ・カウンシル方式」を追求するとの合意がなされ、科学技術・学術審議会の「共同利用機関特別委員会」に提言・要望を提出してきた。その後、6月17日の国立大学附置研究所長等臨時会合において文部科学省研究振興局学術機関課より法人化後の附置研究所についての「課内検討案」が提示された。これは研究者数を基礎とするモデルパターンにより運営費交付金を積算する方式を核とするもので、法人化後の附置研究所の財務のあり方について、はじめて具体的な対応策を示したものであり、付置研究所としては受け入れやすいものであった。科学技術・学術審議会の「共同利用機関特別委員会」では、大学共同利用機関の法人化について審議し、「人間文化研究機構」、「自然科学研究機構」、「情報・システム領域研究機構」、「高エネルギー加速器研究機構」(いずれも仮称)の4機構に再編して法人化するという中間報告(7月30日)が出されたが、「リサーチ・カウンシル方式」などについての検討は進んでいない。そして、最近、科学技術・学術審議会に大学付置研究所についての特別委員会が設置され、大学に付置されている研究所のあり方を審議し、附置研究所の位置づけ・存在意義を明確化し、それぞれ個別の研究所の情報を得た上で(11月中にも調査が始まりそうな情勢である)再定義を行い、各大学に付置する方向で、省令化するかなどを含めて検討が進んでいる。先に示された「課内検討案」は本学の「目標評価・財務会計」委員会でも検討され、「中間報告」にも盛り込まれているが、この審議の過程では、この「課内検討案」は振り出しに戻り、新たな特定運営費交付金の算定基準について議論されているようで、国立大学附置研究所・研究施設・研究センター等のあり方については、組織的にも財政的にもまだ流動的な状況にある。いずれにしても、16年度の法人化という時間が切迫した中でどこまで原則的な議論が進められるか疑問であり、しばらく多様な課題に対して現実的な対応を迫られる状況が続くものと思われるが、日本の学術研究の発展を望める研究組織のあり方、研究・教育の位置付けの上に立った制度設計が必要である。法人化後の大学運営の上から、小規模の研究施設・研究センター等については今後再編などが必要で、本学でも全体的な議論が始まっている。また、本学の付置研究所の連携などについても研究所長連絡会議などで議論を進めているが、まだ具体的な提案ができる段階にはない。
 最近の出来事として、10月12、13の両日、片平祭りの一環として、第2回目の加齢学研究所の研究所一般公開が行われた。高井教授が中心となり多数の方のご努力で準備が進められ、第1回の約2倍の約600名の来場者(2日間)が有った。2日間にわたり、展示の説明や公開実験などを各分野の多数の方が担当していただき、来場者の方のアンケートの結果からも展示や丁寧な説明が良かったなど大変好評であった。本学出身の田中さんがノーベル賞を受賞したことの効果も大きく、市民の科学研究に対する興味も高まり、アンケートからも研究所での研究に興味と期待が高まっていることが伺われ、大学の社会貢献としても大変有意義であったと思われる。
 さて、ご存じのように、次期総長として吉本医学系研究科長が選出され、早稲田(多元研)(総務担当)、大西(法学)(教育担当)、中塚(工学)(研究担当)、北村(事務局長)(人事・財務担当)の4名の副総長とともに、東北大学の新執行部体制が整い、吉本新総長のリーダーシップのもとに、これからの法人化に向けた新たな取り組みが進められようとしていが、国立大学のより良い教育研究環境をつくるための制度設計の転換の重要な時期と捉え、本学が叡智を結集してこれに当たることが必要である。

「特別寄稿」 弔辞に替えて

 佐藤正弘先生。
 先生に、長くお世話になりながら、ご恩返しもままならい中に、ご他界遊ばされたこと、心からお悔やみ申し上げます。

 私は、昭和37年春、東北大学抗酸菌病研究所内科に入局したとき、ツベルクリン研究室で、佐藤正弘先生に初めてお目にかかりました。先生は、蝶ネクタイをつけ、眼鏡越しに柔和な微笑をたたえられた、優しい学者でありました。
 佐藤先生は、研究室先輩の藤原愛子先生のご研究「Zymosanによる補体・properdin系活性化」のお話をしてくださいました。その時、生意気な私は、「補体」なんて、本当に存在するのかという、愚問を発したのでした。それには、多少訳がありました。私は、インターン時代に、凝集原であるA型、あるいはB型、AB型赤血球を凝集させる対応血液型凝集素が生れ落ちたときから存在するのかどうか疑問に思い、インターン病院の産婦人科部長菅先生にお願いして、臍帯血を用いて、血球凝集反応を調べたことがありました。当時の東京大学法医学の古畑基教授は、遺伝説を唱えておられましたので、それが本当かどうか実験したものでありました。結果は、生れ落ちた時点では、血液型物質に対する抗体は、まだ、出来ていないという結論でありました。当時のインターン指導教官には、これ以上の要求は、無理だったのです。私の反応は、古畑教授の話を信じないことでありました。したがって、「補体」などは、存在しまいという敵愾心になって、口から迸ったものでありました。その時、佐藤正弘先生は、私の一撃に、counterpunchを食らわされませんでした。「うーん。それは、きっと面白い考えだ。」しばらくして、「そんなに興味があるなら、うちにきて、勉強しなさいよ。」入局した当時、内科のなかの研究室めぐりをしていたときのことでありました。
 海老名敏明教授は、「これからは、radioisotopeと癌免疫だよ。」とお話されましたので、私は、「癌の免疫療法」の研究をすることになり、その目的で、佐藤正弘先生のツベルクリン研究室にお世話になりました。さっそく、実験腫瘍である吉田肉腫の移植方法を学び、BCG死菌を用いる「癌細胞adjuvant」法で癌の免疫療法の実験を始めました。実験結果をScience Reportに出してもらいました。しかし私は、ここで、実験を中止してしまいました。実験自体、難しいものだったこともありますが、いろいろの論文を読んでいるうちに、発癌と同時に、新しい抗原性、「癌特異抗原性」を獲得するはずだという私の「信念」を撃破する論文:発癌で、抗原性がなくなる場合がある! それまで、免疫療法の基盤は、液性免疫にしろ、細胞性免疫にしろ抗原・抗体反応が大前提と信じていた私は、「挫折」してしまったのでした。当時の情勢からすれば、これは、海老名教授はもとより、佐藤正弘先生に対する反逆、サボタージュだったわけであります。これが、私が、まともに弔辞を申し上げられない最大の理由であります。でも、先生は、いくつかのsuggestionsをしてくださいました。しかし、私は、甘えていたのでしょう。実情は、佐藤先生が、海老名教授や、後任の岡教授からの非難を、全身で被って下さったのでありました。
 佐藤正弘先生は、アメリカ留学から帰国された藤原愛子先生とご相談され、免疫能の個体発生の研究を、ニワトリ・ヒナを使ってやるよう提案してくださいました。この研究には、薬剤部の高橋邦文氏のご協力で、鳥型結核菌のツベルクリン注射液を調製していただき、ツベルクリン反応能の個体発生の実験も行いました。このニワトリ・ヒナでのツベルクリン反応という細胞性免疫の実験結果の論文は、スイスのMax Hessの著した“Experimental Thymectomy”という本に引用され、佐藤先生、藤原先生に感謝したしだいであります。
 楽しいことは、いっぱいありました。昭和38年といいますと、まだ、自家用車が少ない時代でしたから、私は、タクシー上がりの再生車を入手し、driveを楽しみました。地方会などには、佐藤先生にも御同乗いただけたこともありました。ホテルの少なかった当時ですから、国鉄駅前広場などに野宿して、一晩中蚊に悩まされたり、また、ある山合いで、濃い緑色の透明な水を涌き出す、美しい泉を訪れたりもできました。また、佐藤先生と藤原愛子先生のお世話で、藤井正子(小児科医師)と結婚できたことも、幸せなことでありました。
 「癌の免疫療法」の研究を放棄した不肖の私にも、佐藤先生は、菅野巌助教授(後、研究所放射線医学部門教授)や伊藤安彦先生(後に、福島医科大学核医学講座教授)と相談されて、アメリカ留学の機会を作ってくださいました。ECFMG試験に合格した後、New YorkのBrookhaven National Laboratory (Experimental Hematology Division:Eugene P. Cronkite教授)へ出発できました。しかし、この留学は、免疫学から放射線医学への転換でもありました。この留学は、正子との「新婚旅行」にもなりました。
 留学から帰国してからは、研究所放射線医学部門で研究を続け、後に、東北労災病院放射線科部長に就職してからも、研究や人事のことでも、大変お世話になりました。1990年に、“Evolution of Cancer” (University of Tokyo Press)を上梓いたしました。その節、海老名名誉教授からは、一言、苦言を呈されて、しょげ返っていました。佐藤先生は、「自分の観察を出発点にしているのだから、くよくよするな。」と励ましていただいたのも、忘れられないことであります。1981年、4人の子供を残して正子が病没したのち、陳洵(洵子)との再婚の時も、いろいろご心配をおかけいたしました。おかげさまで、2人の子供が、正子の子供達を、兄・姉と敬って、順調に育っております。
 佐藤正弘先生、長い間、いろいろとありがとうございました。思い浮かべますと、人生の師、研究の先達としての佐藤正弘先生が、私達にご教示いただいたことは、少なくとも、三つあると思います。(1)患者には、優しく接すること、患者を大事にすることを、徹底して教えていただきました。(2)研究の上では、先生は、ご自身の理解を、私達に押し付けられなかったことであります。指導教官も大学院生も、研究者としては、対等に論じ合うべしという信念でおられたのだと思います。それは、Hamletのように、“To study or not to study”と深く自省する時と、Julian Solelのように、自分の目的に向かって猛進する時とを、併せ持つべきだという研究ロマン主義だったかもしれません。それはまた、(3)きっと、当時は当たり前であった医師のエリート意識、特権階級意識を暗に否定されておられた、したがって、「医療の民主化」のお考えも、ご教示いただいていたと存じます。もし、多くの医師が、こうした「医療の民主化」の理念で医療活動を続けてこられたとしたら、今日のような「医療の荒廃」や「形式的な合理化論の高波」は避けられのではないかと感じざるを得ません。
 それにつけましても、先生は、ご自身の若き研究者時代の研究のご自慢をされたり、威張ったりなさったことがありませんでした。でも、一度だけ、ぽつりと、昔のお話をお聞かせくださったことがありました。それは、真菌の培養液の一つに、結核菌の増殖を阻止するものを発見されたこと、熊谷岱蔵先生に報告したら、毎朝研究室においでになり、その後の研究成果をお尋ねになられたよしでありました。Waxman博士に先立って、「ストレプトマイシン」を発見される糸口だったのでした。しかし、継代培養のうちに、その株は失われてしまった由であります。今の放射線生物学の知識からすると、混在していた正常真菌が、抗結核菌成分産生という突然変異の「染色体損傷」を『治癒』させてしまったのでしょう。残念なことでありました。でもそれ以上の自慢も慨嘆も表されたことはありませんでした。Touchの差で、insulin発見の栄誉を逸された、熊谷岱蔵先生の苦渋をご存知だったからでしょうか。
 佐藤正弘先生、長い間、大変ありがとうございました。どうか、永く、安らかな眠りにつかれますよう、お祈り申し上げます。
 合掌
 平成14年2月11日 奥山 信一

「随 想」  サントリニ島 佐竹 正延

 カリフォルニア工科大のEllen Rothenberg博士からのメールで、「ギリシャ/Aegeanのサントリニ島にて、リンパ球分化と遺伝子制御のカンファランスを主催するのだが、参加してくれないか」との誘いがあったのは、雨のしのつく6月であった。Aegeanはエイジアンと発音するのであろうと見当はついたものの、意味に気づくのに数日もかかる有様ながら、秋雲の立つ頃にコバルト・ブルーのエーゲ海へと旅立った。
 それにしても何故のエーゲ海カンファランスであるのか? Ellenさんによれば、数十人の少人数で親密な交流を図りたい、米国の学会等では―日本も似た状況らしいのだが―Tリンパ球とBリンパ球とはセッションは勿論のこと別々、T・Bの各々の研究者は各々に忙しく、相手に関心を持つ余裕もない、よって米国から離れた風光のもとに両者が一堂に会し、フレッシュな気分で互いをより良く理解し展望を持ちたいとの主旨であった。
 学問については後に再び触れるが、小さなカンファランスの楽しみの1つは名前でしか知らない、或いは全く知らなかった外国人と面識になることかと思われる。ディナーの折にたまたま隣り合わせたのは、30歳台前半と思われるレディであった。ハキハキと聡明な感じで、日本の学会動向などを聞いてくる。つたない英語で答えているうちに何となく落ち着かない気分がしてとうとう、「どちらの大学で何を研究しているの?」と聞いてしまった。そうしたら私の耳にも、Nature ImmunologyとかEditorとかいう単語が、とてもよく聞き取れたのである。満座の中で―周囲の人々は皆、彼女が何物で何をしに来ているのかは先刻、承知なのであろう―やってしまったわけで、赤面の至りとはこのことである。「自分は研究者ではなく、何がトピックであるのかを勉強、もしくはスパイに来ているようなものだから、気にしなくともいいのよ」などと慰められてしまい、ますますいたたまれない気分になる。全く恐いものである、そんな人もいる前で30分のトーク、ディスカスをこなさなければならないわけだから。翌日にまたまた隣り合わせたので、ちょうど良い機会と思い、「ゲノム・サイエンスの進展に伴い、幾つかのモデル生物―特にホヤ、というのは私、そんな仕事も始めているので―については、オンコジン・免疫能の比較進化の観点から、脚光を浴びる時代が来ている」などと、いいかげんな事をぶってしまった、大したカウンター・パンチではなかったようであるが。こうした思いがけない出会いに限らず、この数年間の競争相手の顔を初めて拝んでみたり、向こうが握手を求めてくるので、ついこちらも握り返してみたり、さらには全然関係なさそうな人が、何を企んでいるのか知らないが当方の抗体を分与してくれと頼んできたりする。私も馬齢を重ねてきたせいか、競争なり勝敗はただの一回で終わる、決まるわけでもなく、何度も色んな人と色んな場で行なうものらしいと分かりかけており、そうしたやりとりも楽しいと思える程の余裕はないものの、落ちついては対応できる。
 外国人ばかりではない。我が国からは京大・医の本庶佑先生、ウイルス研の生田宏一さんが参加されたのだけれども、本庶先生の講評はとても厳しい。誰それの発表は、プログレス・レポートのレベルであるなどとおっしゃられるのを聞くと、その人の仕事の格付け、或いは力量全体が問われているわけで、うーん、とてもナマナカな話ではない。
 主題である「リンパ球分化と遺伝子制御」については、転写因子や標的遺伝子の名前に分野特有のものが多いこと、しかも免疫学上の概念が密接に関係すること、こうした点から他分野の人にはとりつきにくい感じがする。しかし一たん理解に至ると本分野には、転写因子による細胞分化制御という、分子・細胞生物学上の普遍的な問題を扱うと同時に、免疫応答能の発生という極めてダイナミックな事象をも扱う面白さがある。そしてT・Bリンパ球の細胞分化で使われているメカニズムにそれ程、異なる原理が働いているわけでもないが、各々に固有の問題も存在することに気づく。
 ただし「リンパ球分化と遺伝子制御」の分野は現在、大きな変曲点に達しているようにも感じられた。任意の転写因子機能を破壊する、しかも組織・時期特異的に破壊する、逆に過剰発現さすといった技法が一般化した現在、その表現型を記載して、もって当該転写因子の機能とするだけでは、本質を語り得なくなってきているのではないか? 転写因子同士、もしくはコゥファクターとの相互作用、そして標的遺伝子の制御領域への蛋白結合の仕方を、真のin vivoレベルで解明せねばならない。combinatorial modelといわれるものも、抽象的には理解は容易であるが、かつin vitroの系であれば構築するのも困難ではなかろうが、さてin vivoにおけるその具体像となるとなかなかに把握しきれない。もう一段上のテクニカルな突破口がなければならないわけで、それのないうちは何となくボンヤリと、究極的にはコンピューターかなどと、あらぬ事しか考えられぬ。
 そんな困難な状況にありながら、Rothenbergさん、Murreさん、Hagmanさんなど果敢に、かつ緻密に問題に挑戦するサイエンティストがいるのを眼の当たりにし耳に聞くことは、とても刺激的であり、皆で会の成功を祝し、またの再会を約しつつ、紺碧の海・真白の家々に別れを告げた。

「研究員会便り」 渡邊 利雄

 どうなることやらとスタートしましたが、あっというまに月日が過ぎて行きます。いくつかの改革(努力目標)をかかげましたが、どこぞの総理のように目に見える形にならないようで悩んでいます。全く方針は変わっておりません。掲げた目標のなかでの、いくつかの成果/結果をお知らせいたします。もちろんまだまだ成果が無いものもありますが、それは乞う御期待ということにいたします。
発表コンテスト
 
集談会では、研究員会会員を対象に発表コンテストを行いました。これは会員が会員の発表を批評することにより、会員相互の親睦と研究の向上を図る目的で行いました。
 集談会への参加者が30〜50人程度(会員は20〜40人程度)で、投票して下さったのは15人程でした。第一回の栄誉は前委員長の山家先生でした。おめでとうございます。内容、発表ともに多くの方の支持を取り付けました。一見の価値がある発表でした。見なかった会員の方はまことに残念でした。
 初めての試みでどうなることかと思いましたが、無事に済んでほっとしました。
とは言え今後の課題としては、まず次の2つがあります。
1) より多くの会員の参加を図る。
2) 集談会後に研究員会主催で、ミキサーの場をもうけ、会員同志が発表内容について話し合う場を持つ。
これらについては次のように考えています。今回は研究会同窓会総会もありましたので実現できませんでしたが、次回は集談会後にミキサーを実現させる方向で準備中です。これがあれば、参加人数の問題も解決できるのではと期待しております。そこで、宣伝です。
『会員の皆さん、自分の研究をアピール出来て、かつ会員に認められれば表彰されるのですから、是非集談会で発表しましょう。また、どんな様子かを探るためにも参加しましょう。年令制限は、もちろんありません。』
 各研究分野の責任者の方にお願いいたします。このような観点から、集談会での発表者を選ぶ際には、できるだけ若い方を選んでくださるようにお願いいたします。
 集談会の性格も、特に内部で行う冬の場合は各分野のピーアールという性格から、むしろ若い人の発表の場と考えを変えてもよいのではないかと思います。
スポーツ大会
 
スポーツ大会は、今年もボーリング大会が行われました。担当の遺伝子機能分野の中島さんご苦労さまでした。教授会メンバーからは、昨年の帯刀先生に続き、今年は福田先生が参加して下さいました。ありがとうございました。
 私の始球式がまぐれでストライクとなるなか、激しくも終始和やかな雰囲気の中で、楽しく行われました。お話を伺うとあらかじめ練習に通った方や、大会終了後早速来年に向けて続けてボーリングを行う方など様々でした。
 可能であれば、今後は研究員会会員のみならず研究所の方なら誰もが参加できる形にしたいと思います。事務の方や、教授、秘書の方もどしどし参加していただきたく思います。
研究員会セミナー
 
セミナーのお知らせは、加齢研のみならず医学部にも必ず回すようにしています。そのおかげか、大会議室が満席になるようなセミナーも見られるようです。
 今後も、セミナーのお知らせを確実に行い、またセミナーへの前口上を世話人に方に書いていただき、面白さやポイントが分かるようにして行くつもりです。
 セミナーをお考えの方には、特に宣伝をよろしくお願いいたします。

「研究会同総会広報」 庶務幹事 福本 学

庶務報告

  1. 研究会同窓会会員の確認(平成14年11月現在)
     通常会員 799名
      (名誉会員64名、所外544名、所内191名)
     賛助会員 29施設
     購読会員 22名
     物故会員
      後藤正美先生 平成12年7月4日
      佐藤春郎先生 平成14年7月18日
      栗原正幸先生 平成14年10月30日
  2. 加齢研ニュース37号発行
       平成14年6月
  3. 第118回集談会
     日時:平成14年6月29日(土)午後1時から
     場所:加齢医学研究所大会議室
     一般口演(8題)
  4. 平成13年度加齢医学研究所研究会同窓会総会,講演会および懇親会
     日 時:平成14年6月29日(土) 集談会終了後
     場 所:総会  加齢医学研究所大会議室 午後4時から
     講演会 加齢医学研究所大会議室 午後5時から
     講師 瀬名 秀明氏
     懇親会 プロジェクト総合研究棟(旧加齢研病院)セミナー室午後6時から

今後の予定

  1. 第119回加齢研集談会
     日 時:平成15年1月24日(金) 午後1時から
     場 所:加齢医学研究所大会議室
     第10回加齢医学研究所研究奨励賞授与式・受賞記念講演
     一般口演
  2. 第28回加齢研シンポジウム
    「血管が作られる仕組みを探る」
     日 時:平成15年2月19日(水)午後の予定
  3. 加齢研ニュース発行
     38号 平成14年12月
     39号 平成15年6月

「編集後記」

 ようやく加齢研ニュースのオンライン版公開準備が整いました。加齢研のホームページからリンクしていただく予定です。この号が皆さんのお手元に届くよりも前に、何とか間に合いそうです。今後はオンライン版独自の内容も充実させていこうと思います。是非投稿をお願いいたします。(舟橋 淳一)